第二章 潮の香

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 バスはちょうど、私たちがバス停に着いて五分後にやって来た。そんなに待たなくて良かったと安心しつつ、実は翔がバスの時間を見越して集合時間を伝えてくれたのだと後から知った。 「朝香の家って、お香屋さんなんだろ?」  バスの中は空いていた。後ろから二番目の二人掛けの席に座って発車したところで、翔が尋ねてきた。 「え、うん」 「お店、結構あるの?」 「メインの店は港の方にあるけど、ショッピングモールにも二店舗ぐらい入ってるかな。あとは薬局に卸してたり」 「なるほどー。有名なんだな。俺、中二の時に淡路島に引っ越してきたからあんまり詳しくなくて」 「そうなの? 初めて知った」  知らなかった。翔って転校生だったんだ。 「前はどこに住んでたの?」 「ん、東京」 「へえ〜どうりで」  どうりで、オシャレな風貌をしているのか、という意味合いだったのだが、翔には響かなかったらしい。 「東京っつっても、郊外だよ。たぶん朝香が思い描いている都会の方じゃない。じいちゃん、ばあちゃん家で母親と一緒に暮らしてたんだ」 「なるほど……東京の事情ってよく分かんないな。でも淡路島よりは都会でしょ?」 「さあね、どうでしょう」  いたずらを考えている子供のような笑みを浮かべて彼は言った。  母親と一緒に暮らしていた、ということは片親なのかな——そんなことまでぼんやりと想像したが、あえて聞くことはしなかった。  バスの窓から移り行く景色を眺めていると、見慣れた田園風景が広がる。やがて南あわじ市を出たところで少しずつお店が増えていき、ちょっとした街の風景が流れていく。洲本(すもと)と呼ばれる地域で一度バスを降りた後、再び西海岸の方へ向かうバスに乗り込んだ。 「本当はさ、高速バスっていう手もあったんだけど」  二つ目のバスに乗り込んだ後、徐に翔が口を開いた。 「なんか今日は、朝香とゆっくりバスに揺られてたい気分だったんだよね」  淡路島の風景は、彼の目にどう映っているんだろう。確かに高速バスの方が目的地にはすぐに辿り着くことができる。でも私も、翔と同じ気持ちだった。ゆったりした気分で彼と話してみたいという好奇心がずっと心の中で渦巻いていた。 「私も、今日は翔とたくさん話したいな」   びっくりするぐらい素直な気持ちが口から出てきて、翔の目が驚きに見開かれる。窓から差し込む日の光に照らされて、彼の顔は眩しく輝いていた。それからゆっくりと頬をほころばせ、目を細める。 「それは良かった。海眺めながらじっくり話そうぜ」 「うん」
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