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やっぱり彼には会わないでおこう。
お店を開き、やってくるお客さんを待ち構えながらスマホの画面を開く。菜々の連絡先に、「日曜日のことなんだけど」と返事を打ち込んだ。いくら高校時代のこととはいえ、私と翔は元恋人同士だ。今更会って何の話をすればいいのか、分からない。それに私は、翔の顔を冷静に見ることができるのだろうか。きっと動揺しまくりで、格好悪いところを見せてしまう。そんな馬鹿みたいなプライドのせいか、おかげか、彼には会わないという決心がついた。
【そっかー。まあ、また気が向いたら会いに行ってあげて。あいつも久しぶりに帰ってきて浦島太郎気分だろうから】
菜々からの返信は案外あっさりとしていた。もっと食い下がってくるかと思ったが、私たちの関係を知っているので、そこまで強く誘っては来なかった。ほっとしつつも、誘ってくれた手前、申し訳ないという気持ちが湧き上がる。せっかく誘ってれたのにごめんね、という謝罪を添えて、私はスマホを閉じた。
ガラガラと引き戸が開く音がして、今日最初のお客さんがやってくる。朝からうちの店を訪れる人は珍しくて、思わず気持ちが引き締まる。
「いらっしゃいませ」
やってきたのは年配の女性客だった。
「お墓参り用のお線香を、買いたいのだけれど」
「かしこまりました。お墓用のお線香はこちらになります」
女性客は私が案内する方に移動してくれる。一口に線香・お香と言ってもお供え用、贈り物用、室内香など用途によって商品が変わってくる。だから、お客様にはまず使用用途を聞くのだけれど、今回の方は自ら用途を伝えてくれたのでありがたい。私はお墓参り用の一般的な線香を彼女に勧めた。
「ありがとう。もうすぐ夫の命日でね。いつもは薬局で買うんだけど、たまにはこちらで、と思って」
「そうなんですね。ありがとうございます。うちは自家製で香りや機能にもこだわりがあるので、きっとお求めのものが見つかります」
「そうだといいわ。ちょっと見させてもらうわね」
和やかな会話を繰り広げながら、彼女が線香を選ぶのを見守っていた。大切な人を供養するための線香だから、慎重に選ぶのも当然だ。ひとしきり悩んだ後、彼女は檜を原料とした線香を購入していった。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、お話聞いてくれてありがとうね。また来るわ」
一日の始まりに、爽やかな気持ちにさせてくれるようなお客様が来て良かった。先ほどまで心の大部分を占めていた翔のことが、頭の隅へと追いやられる。
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