第一章 月の海

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 それからの時間は、やってくるお客さんを同じように接客したり、合間に時間に社長である父親と打ち合わせをしたりして過ごした。店舗と本部兼工場は少し離れているものの、車に乗ればものの五分で行き来することができる。父は普段は本部に出勤しているのだが、私に話がある時はすぐに店舗の方にやってくる。テレビ会議でいいのに、と言っても「そういう最近のツールはわからん」と一蹴される。店舗を経営する傍ら、会社全体のことも教わらなくちゃいけないので、私の毎日はいつも慌ただしい。店舗には時々アルバイトやパートの人が入ってくれるけれど、いわゆる店長は私である。彼女たちがシフトに入る日も入らない日も、私はいつも店舗にいるというわけだ。  一日の業務が終わり、お店を閉める頃には身も心もすっかり疲れ果てていた。お客さん自体、たくさん来たわけではないのだけれど、会社のことを考えていると自然と神経をすり減らされる。父が今担っている仕事と責任を、近い将来私自身が背負うことになるのだと思うと、やっぱり荷が重かった。  私はいつまで、ここに縛り付けられたままなんだろう。  考えても仕方がないことなのに、学生時代からずっと胸に巣食っている疑問が、たびたび頭に浮かんでは泡のように消えていった。  菜々や隼人が翔と会う約束をしていた日曜日、私はいつものように店舗で仕事をしていた。言うまでもなくお客さんの数は平日より多い。接客に勤しむ一日だった。  午後六時、お店を閉めて自宅へと帰る。実家暮らしの私は、生まれてから一度も引っ越したことのない戸建ての家の二階で、もうすぐ三十歳を迎えようとしている。不思議なものだ。二階の自分の部屋の窓からは月が見える。窓を開ければ遠くの方から波の音が聞こえる。淡路島の中でも徳島県に近い方——南あわじ市は、田舎の田園風景と港の風景が混在していて、それなりに気に入っていた。この町で生きている限り、私はずっと、海をそばに感じながら潮風に包まれる。いい意味でも悪い意味でも、潮の香りのする故郷が、私をこの場所で生きていることを証明してくれるようだった。 「今頃みんなで積もる話でもしてるのかな」  懐かしい三人が集まって談笑している姿が眼に浮かぶ。私はきっとこの先も、彼らの輪に入ることはできない。寂しいけれど仕方ない。翔とはずっと昔に縁が切れてしまった。仲良し四人組が、大人になっても一緒にいられることなんてそうそうない。  だから大丈夫。  自分だけが輪からはみ出してしまったことへの切なさを、胸の奥にしまい込む。  私には香風堂を守っていかなくちゃいけないという使命があるんだから。  皮肉にも、私をがんじがらめにしていた役割に、いまは救われている気がした。
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