あの子は天使

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 高校三年生のときの思い出。修学旅行先は京都だった。同級生たちが、清水寺に八坂神社、鴨川、烏丸御池、抹茶スイーツ店などの王道スポットを巡る中、わたしたちのグループは風変わりな場所を目指していた。  守付神社だ。もふ神社と読む。動物を祀る神社である。  友人のツキコが飼っていたうさぎが、先週亡くなった。ツキコはすっかり意気消沈し、毎日泣いていた。わたしはなんとか慰めようとインターネットで検索し、動物にまつわる神社の存在を知った。場所は幸いにも、修学旅行の訪問地である京都。そこで同じグループのモモコ、ミカコと話し、予定していた行き先をがらりと変えることにしたのだ。 「あの子が天国に行けるように、みんなでお参りしよう」  わたしがツキコの肩をさすると、ツキコはまた泣いて、何度もありがとうと言った。  守付神社の鳥居の前で頭を下げてからくぐる。他の参拝客はいないようだ。観光地からかなり離れた場所で、閑古鳥が鳴いていた。  参道で様々な種類の動物の石像に出迎えられた。狛犬はもちろん、猫に羊、アルパカ、ハムスター、小鳥の像まである。ツキコはうさぎの石像を見つけると、そっとその頭を撫でた。  拝殿に四人並ぶ。ご本殿をのぞき込むと、猫の額ほどに狭いのがわかった。賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二拝二拍手。うさぎへの哀悼の意を捧げ、ついでにうちのふてぶてしい猫の健康と長生きも祈った。最後に一拝。  ツキコはぼろぼろと涙を流していた。三人で抱きしめる。わたしだって、愛猫が亡くなったらと想像しただけで胸が張り裂けそうになる。  そのとき、授与所から声がかかった。 「もし、そこのお若い方々。よほどのこととお見受けしました。よろしければこちらでお話しませんか……」  巫女さんが手招きしていた。整った顔つきがどこか神秘的だ。わたしたちは導かれるまま授与所に立ち寄る。いろいろな動物が描かれたお守りや絵馬が並ぶ前で、巫女さんにうさぎのことを話した。 「そうですか。さぞさみしいことでしょう。動物は家族ですから。けれど必ずあなたを見守ってくれていますよ」  巫女さんが励ますも、ツキコは首を横に振った。 「そう信じれば楽になるとわかっていますが、簡単には信じられないんです。だってあの子はいなくなってしまって、姿が見えないのだから」  止まらない涙を見つめ、巫女さんはしばし考え込んでいた。そしてこんな提案をした。 「この神社には、珍しい神器(じんぎ)が伝わっているのですよ。よろしければお試しになりますか?」  ツキコは戸惑いながらもうなずいた。巫女さんは授与所の奥へ引っ込み、五分もせずに戻ってきた。  巫女さんが持っていたのは、てのひらに乗るサイズの壺だった。 「守付香炉(もふこうろ)です。お香を焚くのに使います」  一体何がしたいのかわからない。四人とも、きつねにつままれたような顔をしていた。 「こちらで焚いたお香を嗅ぐと、その者の守護霊が可視化されるのです。百聞は一見にしかず。今、火をおつけしましょう」  巫女さんがマッチを擦り、お香に火を灯した。それを丁寧に香炉灰に立てる。煙の立ちのぼる香炉を両手で持つ姿は、獅子に牡丹。ますます神秘的で美しかった。じきにほんのりと優しい香りが鼻腔に忍び込む。しかし、守護霊とか可視化とか、一体どういうことだろう。わたしは隣のツキコに目をやり、飛び上がった。  ツキコの頭にうさぎの耳が生えている。セーラー服のスカートから、しっぽまでのぞいていた。真っ白でやわらかそうな毛だ。ツキコは気づいていない。巫女さんが鏡を見せた。 「ほら、ご覧なさい。あなたのうさぎさんは、あなたをそばで見守っていますよ」  ツキコは声も出ないようだ。頭に手をやるが、見えるだけで触ることはできない。そしてわたしに目を移し、さらに驚いた。 「タマコ、あんたも!」  慌てて鏡をのぞき込むと、わたしの頭には猫の耳が出現していた。振り返れば細長いしっぽも生えている。ともに三毛柄で、まさに愛猫そっくりである。 「あの、うちの子、生きているんですけれど」  なんだか言い出しづらい気分で告白すると、巫女さんは穏やかな笑みを見せた。 「生霊(いきりょう)って聞いたことがあるでしょう。あなたの三毛猫さんは、離れていてもあなたを案じ、守っているのです」  ほっと心があたたまるのを感じた。近くにいるときは無愛想にしているのに、かわいいところもあるじゃない。 「わたしはキンギョハナダイを飼っているのですが……うちの熱帯魚は、わたしを守っていないのでしょうか」  モモコが少し不満げな声を上げた。 「申し訳ありません。守付香炉によって可視化されるのは、もふもふの毛を持つ生物だけなのです」  巫女さんが詫びる。なるほどね、とうなずきながら、わたしはミカコに視線を移した。 「え!?」  わたしもツキコもモモコも悲鳴を上げた。ミカコの背中に、大きな羽が生えている。鳥ではない。これは、これは――― 「天使だ」  ほとんど吐息のような小さな声で、わたしはつぶやいた。艶やかに重なる純白の羽根、肩甲骨のような独特な形。間違いない。  ミカコの頭上には、動物の耳ではなく、金色(こんじき)の輪っかが輝いている。 「ミカコ、天使に守られているの? 大物すぎない? 前世でどんな徳を積んだの?」  ツキコとモモコがあたふたと輪っかや羽に手を伸ばす。もちろん触れることはできない。 「いや、そういうことじゃないんだな」ミカコが頬をぽりぽりと掻いた。「うちのパパ、守護天使のミカエルなんだ。常に見守っているってことよね。過保護だなあ、恥ずかしい。あ、宗派違いですみません」  巫女さんは、いえいえ、とほほ笑んだ。 「下界のことを学ぶために人間のふりをして生活していたんだけれど、こんなところでバレるとは。内緒にしてよね」  ミカコはしーっと唇に指を当て、ウインクをした。 「あ、それとね、パパが言っていたよ。ツキコのうさぎは無事に天国に来たって。でもツキコのことが大好きだから、よく下界に遊びに行っているって」  高校を卒業すると同時に、ミカコは姿を消した。音信不通で行方もわからない。きっとわたしたちと同じく勉強を終え、天界に帰ったのだろう。  愛猫は今日も元気いっぱいだ。あの日の香りを思い出し、わたしはたまにふと自分の頭を撫でてみる。普段は目に見えなくても、わたしを見守ってくれている存在はたくさんいるのだ。きっと、あの天使の子も。
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