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 結局兄の服を借りて泊まることになった樹は、翌朝早朝に実家を後にするつもりだった。しかし、玄関で待ち構えている影がある。咄嗟に曲がり角に隠れようとしたが、その人物と目が合ったことで諦めた。 「おはよう、樹さん。ちょっと話があります」  早朝にも関わらず、少しの乱れもなく着物を着つけた祖母だった。夜会巻きにした髪は一本の後れ毛すら出ていない。 「お祖母さん、俺は急いでいるんです。すみませんが」 「私に一言の断りもなくこそこそ戻ってきて、出て行こうとするなんて。まるで泥棒のようですね」  この目だ、と祖母と目を合わせないように廊下の木目を数える。兄にも、祖母にも、そして父にも共通する目。まつ毛が長く、黒々とした目。墨を思わせる、揺らがない瞳だ。自分が正道を往っていることを信じ切っている目。そしてそれは、全くもって正しいのだった。彼らはいつだって役目を全うしていた。家の中で与えられた役目を。 「これを」  祖母は抱えていた白い封筒の束を樹に差し出した。十やそこらではきかないくらい、いくつもある。一番上をちらりと覗くと、女性の写真が目に入った。やっぱりか、とため息をつきそうになるのを我慢する。 「目を通しておきなさい。それから、朝ごはんくらい食べていきなさい」  言い置いて、祖母は自室へ戻っていった。後ろ姿を見送る。背筋は伸び、脚運びは一定のリズムを刻んでいる。足腰を悪くしているとは思えない動きだった。  仕方なしに封筒から中身を取り出して見てみる。入っているのは写真と身上書。艶やかな振袖に身を包んだ黒髪の女性、都内有名女子大卒で老舗企業事務職勤務中。次は、キリっとスーツを着こなしたショートカットの女性、国立大を卒業し大手企業総合職でバリバリ活躍中……。ふたりほど見たところで、それ以上開ける気にはならなかった。
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