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2-3
一年以上ぶりに入った兄の部屋は、記憶の中と少々様変わりしていた。身長を超す本棚はそのままだが、ベッドや勉強机がなくなっている。なくなった家具の代わりに、冷蔵庫と二人用のテーブルセットが置かれていた。
「書斎で飲むのは好きじゃないんだ」
樹が実家にいた頃はなかったが、今は兄の書斎が別にあるらしかった。
本棚には本の代わりにグラスと酒瓶が並び、引き出しには乾きものが詰まっている。
誠はキャビネットのような洒落た冷蔵庫から氷を取り出し、慣れた手つきでウイスキーのロックを二杯作った。
「乾杯」「……乾杯」
グラスを合わせ、傾ける。
「義姉さんとも、よくこうやって飲むんですか」
「たまにな。陽菜が小学生になったら、もう少し機会も増えるだろう」
陽菜とは兄と義姉の娘の名前だ。
「そうだ、陽菜に会わずに出ていくつもりだったのか」
「俺が陽菜ちゃんに会うのは義姉さんが嫌がりますから」
義姉は樹にも分け隔てなく接する人物だったが、娘に会わせるのだけはいい顔をしなかった。もっと小さい頃、「はるな、樹くんのお嫁さんになりたい」と庭で摘んだ花を差し出された時から警戒されているのだと思う。「うちの娘の初恋泥棒ね」と冗談めかして言われたが、義姉の目が笑っていないことに樹は気がついていた。
「お前も結婚したら、嫌がられることもなくなるぞ」
「冗談はやめてください」
努めて表情を変えることなく返す。
「お前もいつか結婚するんだぞ。そうだ、依頼に来たっていう円城のお嬢さんはどうだった」
今度は顔をしかめるのを我慢することができなかった。下世話な興味で言っているのではないことはわかっている。兄のこういう、徹頭徹尾家のことを最優先にする姿勢が樹とは相いれなかった。
「子どもですよ。まだ学生です」
「すぐに大人になるさ。学生のうちから婚約している奴もいる。ま、今はそんな時代でもないか」
そこで、樹は思いついた。誠は円城の家について何か知らないだろうか。
「それに、入り婿なんて俺に務まると思いますか。無理ですよ」
その言葉に、誠は黙って樹を見つめた。まつ毛が長く、黒々とした目を避けて樹は視線を落とした。依頼内容が他人に漏れるのはご法度だ。手がかりを急きすぎたか。
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