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 一年以上ぶりに入った兄の部屋は、記憶の中と少々様変わりしていた。身長を超す本棚はそのままだが、ベッドや勉強机がなくなっている。なくなった家具の代わりに、冷蔵庫と二人用のテーブルセットが置かれていた。 「書斎で飲むのは好きじゃないんだ」  樹が実家にいた頃はなかったが、今は兄の書斎が別にあるらしかった。  本棚には本の代わりにグラスと酒瓶が並び、引き出しには乾きものが詰まっている。  誠はキャビネットのような洒落た冷蔵庫から氷を取り出し、慣れた手つきでウイスキーのロックを二杯作った。 「乾杯」「……乾杯」  グラスを合わせ、傾ける。 「義姉さんとも、よくこうやって飲むんですか」 「たまにな。陽菜(はるな)が小学生になったら、もう少し機会も増えるだろう」  陽菜とは兄と義姉の娘の名前だ。 「そうだ、陽菜に会わずに出ていくつもりだったのか」 「俺が陽菜ちゃんに会うのは義姉さんが嫌がりますから」  義姉は樹にも分け隔てなく接する人物だったが、娘に会わせるのだけはいい顔をしなかった。もっと小さい頃、「はるな、樹くんのお嫁さんになりたい」と庭で摘んだ花を差し出された時から警戒されているのだと思う。「うちの娘の初恋泥棒ね」と冗談めかして言われたが、義姉の目が笑っていないことに樹は気がついていた。 「お前も結婚したら、嫌がられることもなくなるぞ」 「冗談はやめてください」  努めて表情を変えることなく返す。 「お前もいつか結婚するんだぞ。そうだ、依頼に来たっていう円城のお嬢さんはどうだった」  今度は顔をしかめるのを我慢することができなかった。下世話な興味で言っているのではないことはわかっている。兄のこういう、徹頭徹尾家のことを最優先にする姿勢が樹とは相いれなかった。 「子どもですよ。まだ学生です」 「すぐに大人になるさ。学生のうちから婚約している奴もいる。ま、今はそんな時代でもないか」  そこで、樹は思いついた。誠は円城の家について何か知らないだろうか。 「それに、入り婿なんて俺に務まると思いますか。無理ですよ」  その言葉に、誠は黙って樹を見つめた。まつ毛が長く、黒々とした目を避けて樹は視線を落とした。依頼内容が他人に漏れるのはご法度だ。手がかりを急きすぎたか。
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