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いたずら
「ねえ、好きなんだけど」
幼馴染の清弘の部屋で、机に向かっている彼の背中に声をかける。慎大の告白を受けても、その背はぴくりとも動かない。たぶん、今日もだめだ。
「そういうことは本当に好きな人に言いなさい」
ふたつ上の清弘はこうしてすげない返事ばかりで、好感触を返してくれたことが一度もない。
たしかに、恰好いい清弘からしたら地味で目立たない、ただ幼馴染というだけの慎大など特別に見ることはできないだろう。しかも男同士だ。拒絶されないだけましだと思いたいが、おそらく本気だと取ってもらえていない。
頑張ってみたのに今日もだめだった。拗ねた気持ちをごまかすように、ローテーブルに広げたスナック菓子をつまんで食べ、ため息をつく。いつになったら本気だと思ってもらえるのだろう。そもそも言い方が悪いのか。もっと真剣に、それこそ学校の校舎裏とかに呼び出して言えば本気だとわかってもらえるかもしれない。
「でもなあ」
「なんだ?」
「……なんでもない」
まずは清弘の好みのタイプが慎大とはまったく違うタイプなのを解決しなければ、相手にしてもらえないと思う。いつか聞いた彼の好みのタイプ――大人びていて色気のある人に……なろうと決めてなれるのか。つい唇を尖らせてしまうのも子どもじみているとわかっている。それがクリアできなければ、一生相手にしてもらえない可能性のほうが高い。
「これおいしい」
新発売のスナック菓子が思った以上においしくて、つまむ指が止まらない。ふと我に返って、こういうところもだめなのかもしれない、と落ち込んだ。
大人びていて色気のある人とは、どうやったらなれるのだろう。なんとなくシャツのボタンをひとつはずしてみる。色気を意識してみたが――だめだな、これは。もう一度ため息をつく。新発売だからってスナック菓子を食べるのも大人っぽくないかもしれない。全部がだめじゃん、と自分に呆れた。
視線を感じて顔をあげると、清弘が慎大を見ていた。じっとまっすぐ見つめられ、どくんと心臓が跳ねる。もしかして色気にやられてくれただろうか。さりげないふうを装って、「ちょっと暑い」とシャツのボタンをもうひとつはずしてみた。やはりじいっと見ている。
これはいい方向に行くかも、と思っていたら、清弘が椅子を立って慎大に近づいてくる。期待に胸を弾ませていると、手を取られた。清弘はその指を躊躇いもなく薄い唇に含む。
「……!」
「ほんとだ。おいしいな」
指を味わうようにちゅっと吸われ、かあっと頬に熱が集まり、ひどく火照る。口を開けたり閉じたりしている慎大などおかまいなしに、清弘は指をしゃぶるように舐める。ちらりと向けられる視線がそれこそ色っぽくて、鼓動が激しくなるのを抑えられない。
舌を這わせて音を立てて吸って、なまめかしい動きにくらくらしてくる。こんなことは誰にもされたことがないので、どう対応したらいいかわからない。手を引っ込めてもいいものか。それともされるままになっておくべきか。
ぐるぐると悩んでいたら指が解放され、清弘の長くて綺麗な指が慎大の唇を撫でた。
「ここも同じ味がするのか?」
誘うような瞳に興奮しすぎて倒れそうだ。ひとつひとつの言動に翻弄されていると、清弘は意地悪に笑んで慎大の鼻をつまんだ。む、と変な声が出て恥ずかしいけれど、それどころではない。次はなにをされるのか。もしやこのまま――。
「反撃されて慌てるくらいなら、馬鹿ないたずらはするな」
「っ……」
また頬に熱があがり、羞恥と悔しさが胸に湧きあがった。慎大を困らせるためにわざとあんなことをしたのだと理解し、腹も立ってきた。
慎大がどんなに真剣でも、清弘は相手にしてくれない。いつもさらりと躱して、翻弄されるのは慎大だけ。それはこれからも変わらないのだろうか。
「さっさと帰って勉強しろ」
部屋を追い出され、とぼとぼと隣の自宅に帰る。
悔しい!
悔しいのに、言われたとおりに勉強をしている自分も悔しい。それでも言われたとおりにしてしまうのは、彼が好きだからだ。幼い頃から可愛がってくれた清弘の存在は、「優しいお兄さん」からいつしか「好きな人」になっていた。でも悲しいことに、幼馴染という関係が先にあるから、「好き」と言ったところで恋愛感情だと思ってもらえないのだ。ひどいときは今日のようにいたずら扱いされる。どう言えば本気だとわかってもらえるのか、さんざん悩んだけれど答えは出ない。
幼馴染で充分と思えばたしかにそうなのだけれど、やはり好きな人とは結ばれたい。清弘と心が通じ合ったらどんなに幸せだろう。それにはまず、大人な清弘と並ぶところからだ。
かちゃり、と突然部屋のドアが開き、振り向くと清弘が入ってきていた。
「ノックしてよ」
「した。気がつかなかったのは慎大だろ」
「……」
考えごとをすると集中しすぎるのも悪いくせだ。悔しいし落ち込むし相手にしてもらえないし、今日はだめだ。だめではない日があるかと聞かれたら、ないのだけれど。
清弘が慎大のいる机に近づき、手もとを覗き込んでくる。距離の近さに心臓が跳びはねた。今日は心臓が大暴れしてばかりだ。
「ほんとに勉強してたのか」
「清弘がしろって言ったんじゃん」
「言うとおりにするとは思わなかった。えらいな」
頭を撫でられ、ぽうっと頬に熱が宿る。言い方も頭を撫でるのも子ども扱いされているのに、それでも嬉しくなるのは慎大が単純だからだ。それくらい清弘が好きだということでもある。好きな人に褒められて嬉しくないはずがない。
清弘はいつも余裕で、焦ったところを見たことがない。ふたつ上というだけでも大人に感じるのに、精神面でも慎大のずうっと先を行っている。いつかそんな彼の好みのタイプになりたい。
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