いたずら

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 学校に行くために家を出ると、ちょうど隣の家から清弘が出てきたところだった。朝から彼の顔が見られて嬉しい。昨日の悔しさなどもうどこかへ飛んでいった慎大は、清弘に駆け寄る。 「転ぶなよ」 「子どもじゃないもん」  言い方がすでに子どもだった、と自分で呆れる。清弘は「しょうがないな」という顔で待っていてくれた。こういうところにも清弘の大人っぽさと余裕を感じて、自分の幼さが強調されるような気がする。足もとが弾みすぎて、注意してもらったのに躓いたし、なにをしてもうまくいかない。  並んで歩いていたら、清弘が急に噴き出して笑った。 「なに?」 「いや。今日はいたずらしないのかなと思って」  おかしそうに笑っているので、むっとなる。いたずらじゃないよ――そう言えたらいいけれど、今の慎大では言えない。言っても相手にしてもらえない。だから彼の好みのタイプのようになれたら言うのだ。それまでは胸にしまって、ときどきいたずらのふりをして言うに留める。 「しない」  言ったところで彼にとってはいたずら止まりなのだから、何度も言う意味がない。もっと意識してもらいたいなあ、なんて贅沢なことを考えてしまった。大好きな人と幼馴染で、こうしてそばにいられるだけで充分と思えないあたりも、欲張りな子どもだ。 「じゃあ、俺の番だな」 「え?」 「好きだよ」  かああっと頬に熱が集まり、顔を隠すように慌てて俯く。こんな反応をしたら、本当に好きだとばれる。  そんな慎大をからかうように顔を覗き込まれる。距離が近くて心臓が激しく脈打つ。顔を背けると、清弘が声をあげて笑う。からかうばかりで本気の気持ちを向けてくれない、ずるい男だと思うのに、そんなずるささえ許せるくらいに惚れている。 「可愛いな」  幼い子を愛でるような瞳を細めた清弘が、慎大の頬を撫でる。その優しい手つきに心が躍りながらも、また拗ねた気持ちが湧き起こる。 「どうせ子どもだよ」  だからこういうところだよ、と自分でわかっているのに、口から勝手に出る。でも、自分ばかり彼に夢中なことが悔しいのだ。  清弘はわずかに眼光を鋭くして、さらに目を細める。 「大人にしてあげようか?」 「え……?」 「慎大がなりたいなら、俺が慎大を大人にしてあげるよ」  どういう意味か、どうやって大人にするのか――聞きたいけれど聞けない。あまりにつややかな笑みを向けられ、身体が硬直して動かない。今までに見たことがない清弘の表情は、まさしく大人の微笑みだった。笑みを浮かべた清弘は、もう一度慎大の頬を撫でる。 「大人になりたいか?」  そんなの、決まっている。  どきどきしながら帰路につく。歩いているあいだずっと、清弘の言葉が頭の中にまわる。  ――学校が終わったら、うちにおいで。  帰宅してスクールバッグを置き、悩んでから着替えた。着替えてから、制服のままのほうが急いできた感じがしてよかったかも、とまた着替えようとしてやめた。  大人にしてくれるとは、どうやるのだろう。なにをされるのだろう。なにか怖いことをされたらどうしよう。  期待と不安が胸に入り混じり、同時に胸が高鳴る。朝、清弘が撫でてくれた頬がじんわりと熱を持っていて、情けない顔をしていただろうことがわずかに恥ずかしくなった。  インターホンを押すと、すぐに清弘がドアを開けてくれた。艶然と微笑まれ、拍動が甘く鳴る。そのどこか狡猾さも含むような笑みに、罠にかかった気分になった。 「あがって」 「お、お邪魔します」  家の中に入ると、一階はしんとしていた。一寸立ち止まった慎大を促すように、清弘に背を押される。とん、と軽く押されただけなのにつんのめりそうになったのは、身体が強張っていて思うように動かないからだ。転ぶどころか、その場に座り込みそうになった慎大の手を清弘が引く。 「ほら」 「う、うん」  そのまま階段をあがっていく清弘についていく。こんなふうに手をつないだのは幼い頃以来で、心臓が激しい音を立てるのを止められない。とんとんとんと軽やかな足音と同時に、心音もばくばくばくと重く全身に響く。このまま心臓が止まったらどうしよう、と思うくらいの異常な脈拍が伝わったら恥ずかしい。なるべく拍動が落ちつくように、静かに深呼吸をした。 「おばさんは?」 「出かけてる」 「おじさんは?」 「仕事だけど?」  平日の午後に清弘の父親が仕事なのは当たり前だ。緊張でおかしなことを聞いた自分が恥ずかしくなる。  慎大がひとりで頬を熱くしていたら、前を歩いていた清弘がわずかに振り向いた。慎大を見てふっと笑ったので、たぶん情けない顔をしているのだ。  清弘の部屋に入ると手が離され、寂しさから手のひらがすうすうと冷えて感じる。思わずじっと手のひらを見ていたら、視界が翳った。顔をあげて息が止まる。目の前に清弘がいて、慎大を見つめていた。 「慎大」  また心音が激しく鼓膜を叩く。なめらかな動きで顎を持ちあげられ、近づいてくる唇を凝視する。まるでキスをされるみたいだ、とほのかに期待が膨らんだ。 「こういうときは目を閉じるものだよ」 「んっ」  本当にキスをされ、激しかった心音がすうっと遠のいた。清弘の唇の温もり以外、なにも感じられない。  どのくらい唇が押し当てられていたかわからないけれど、一生このままでいたいと思った。でもすぐに唇は離れ、目を覗き込むようにじいっと視線を合わされた。 「大人にしてくれるって、こういうこと?」  たぶん自分の目には期待が宿っている。わかっていて清弘の瞳をまっすぐに見つめ返した。この視線から慎大の中にある欲望や期待を感じ取ってほしい、と願って。  慎大の問いかけに清弘は微笑むだけだ。また唇が重なりそうになり、慌てて口を開いた。 「俺、色気なくてごめん」  触れそうになった唇がぴたりと止まり、清弘が目を見開く。ふっと表情を緩ませた彼は、こんなにおかしいことはない、とでも言うように声をあげて笑う。お腹までかかえて本気で笑っている姿に、慎大はむうと唇を尖らせる。 「そんなに笑わないでよ」 「ああ、ごめん」  目尻の涙を拭う仕草が色っぽく、拗ねた気持ちが吹き飛んだ。また脈が速くなり、緊張がぶり返す。笑みの形に弧を描いた清弘の唇が妙に赤くつややかに見えた。 「たしかに普段は色気ないけど、俺のこと見てる慎大はすごくエロいよ」  ゆっくりと唇が触れそうな距離まで顔を近づけた清弘は、指で慎大の耳の裏を撫でる。ぞわ、と肌が甘く粟立った。 「え、エロいって……」  そんなことを言われたのははじめてだし、自分がどういう顔をしているかなんてわからない。でも清弘がそう感じてくれていることが嬉しくて、同時に恥ずかしかった。  わずかに視線を落とすと、唇にふうと息を吹きかけられた。触れた吐息が熱い。 「誘ってごらん?」 「誘う……?」  どうしたらいいかわからない慎大を煽るように、清弘が指で唇を撫でてくる。やわやわと押されたりなぞられたりしているうちに、肌が火照りはじめた。羞恥を覚えるほどの興奮に、自分だけが煽られている、と悔しくもなる。清弘にもその気になってほしい一心で、唇を薄く開く。ちろりと舌を出して唇を撫でる指を舐めると、清弘がゆっくりと目を細めた。 「そう。上手だ」  指が口の中に入り、舌を撫でる。ぞくぞくするような感覚に身を震わせる慎大に、清弘は余裕げに笑む。  清弘のほうが誘っているようだ。  顎の下を指先でくすぐられ、お腹の奥がきゅうんと重く絞られた。  慎大を惑わしながら愛撫のように触れてくる清弘が、なにを考えているかわからない。幼馴染なのにキスまでしてしまった。でもたしかに慎大は、朝の自分よりわずかに大人になれている気がする。 「好きだよ、慎大」  耳もとで囁かれ、膝が崩れる。力の入らなくなった足が言うことを聞かず、座り込んだ慎大は清弘を見あげる。 「そういういたずらはずるい」  本気にしたくなる。清弘と心が通じたらどんなにいいか、ずっと願ってきた慎大には甘すぎる言葉だ。自分の願望がそこに全部詰まっている。でもただのいたずらだとしたらあまりに苦しい。 「俺、いたずらだって言ったか?」 「……? でも朝のとき、清弘が『俺の番』って」 「そう。俺の番。俺の気持ちを知らずに可愛いいたずらしてくる慎大に、わからせてあげないといけないから」  腕を引かれて立ちあがり、抱きしめられて心臓が跳ねた。ありえない速さで脈打つ鼓動が激しすぎてくらくらする。清弘の優しいにおいをすぐそばで感じることもまた、脈を速くさせる。 「小さい頃から俺がずっと慎大を好きだってこと、きちんと教え込まないと」  信じられないことを告げる唇をじいっと見る。本当にこの口が、「慎大を好き」と言ったのだろうか。間違いなく言ったのだけれど、まだ信じられない。そんな慎大に、清弘はいつもと違う、余裕のない瞳を向ける。 「慎大がエロい顔ばっかり見せるから、我慢がきかなくなる」  熱い欲情を宿したような瞳にぞくりとして、慎大からも彼に抱きつく。広い胸に額をこすりつけると、応えるように清弘が背骨のラインをシャツ越しに撫で、お腹の奥がざわざわと騒いで頬が火照る。 「慎大、いたずらじゃなく俺が好きだって言えよ」  キスまでしておいて、そんな言い方をするなんて。  自分の気持ちは彼に伝わっているのかと思ったのに、清弘は気がついていない。慎大だってずっと清弘が好きで、こういうことも、それ以上のことも、たくさんしたいと思っていた。 「好きだって言うまで離さない」  胸に深く抱き込まれ、心拍が激しくなる。シャツ越しに感じる体温が先ほどより高いから、清弘も興奮しているのかもしれない。慎大も負けないくらいに全身が熱い。この熱を教えたくて身体をすり寄せ、夢心地のまま清弘の背に腕をまわす。 「俺だって、いたずらじゃなくて清弘が好き。好きだって言っても離さないで」  勇気を出し、少しかかとをあげて清弘に自分からキスをする。すぐに逃げ出したいくらいに恥ずかしいのに、清弘は慎大の頬を両手で包んでまっすぐに見つめてくる。その頬は紅潮し、瞳が熱に揺らめいている。 「本当に?」 「……キスまでしたのに」 「状況に流されただけかと思って」  流されたってなんだよ、とわずかに拗ねる気持ちが胸に起こり、もう一度背伸びをする。清弘の首に腕をまわして噛みつくようなキスを贈ると、呼応するように彼の唇が薄く開いた。隙間から出た舌が慎大の口腔を撫でる。 「んっ……ふ、ぅむ……」  口内でなまめかしく動く熱い舌が、くすぐるように粘膜を愛撫する。また力が入らなくなって、座り込みそうになる慎大の腰を支え、清弘がさらにキスを深める。かつんと軽く歯が当たり、それさえ興奮の要素となってキスに夢中になる。口の端から唾液が零れても気にせずにひたすら清弘の舌に酔わされた。 「んぁ……」  唇が解放され、つうと伝った糸が清弘と慎大をつなぐ。彼の濡れた唇が赤みを帯びていて、下腹部の熱が疼くのを感じた。キスだけで昂ぶったものに清弘がやんわりと触れ、声にならない声が出た。快感とももどかしさとも言える、甘く意地悪な感覚が腰からあがってくる。 「キスだけでこんなになってるな」  形をたしかめるようにボトムス越しになぞられ、ぞくんと腰が跳ねた。簡単に息が弾んだ慎大をさらに高めるように清弘が大きな手で昂ぶりを握り、はじめて人に触られた未知の快感に眩暈さえ覚える。下着が濡れるのがわかり、恥ずかしさも相まって力が抜けていく。彼にしがみついて立っているのがやっとで、足はがくがくと震えた。 「し、下着……汚れる、から」  もう無理、と降参すると、清弘はふっと微笑んだ。 「ああ。そうだな」  解放されるかと思ったらボトムスごと下着をおろされ、濡れた昂ぶりが露わになる。直接触られたら意識が飛びそうなくらいに気持ちよかった。 「あぅ、あ……待って」 「もういきそうだけど、待っていいのか?」  清弘の言うとおり、今にも達しそうなのだけれど、恥ずかしいから待ってほしい。でも追い詰めるように扱かれて、情けない声が次々零れる。自分の声とは思えないような甘えた声が、どんどん蕩けていくのがわかる。 「う、あ……あっ、だめ、だめ……いく……!」  呼吸がさらに荒くなり、腰の奥から熱い欲望がせりあがってくる。吐精を促すように強く扱かれ、気がついたら身体が弛緩していた。  へたりと座り込んだ慎大の視界に、清弘の下腹部が入った。それはすでに形を変えてボトムスの前立てを押しあげていて、彼が慎大で興奮してくれていたのだと目で見てわかる。ついその熱く重そうな猛りに触れると、清弘が小さく吐息した。  白濁で濡れた手をティッシュで拭った清弘に、今度は慎大が頑張ろうとしたら身体を離された。 「清弘のもする」  近寄るとその分距離を取られる。どうしたのかと顔を見あげると、頬を上気させた彼はわずかに目を伏せた。 「今は我慢しておく」 「どうして?」  自分だけ気持ちよくしてもらって、清弘をそのままにはできない。もう一度触れようとしてもよけられた。 「慎大がエロすぎて暴走しそうだから」 「暴走していいよ」 「馬鹿」  呆れたような清弘に頭を小突かれた。彼は慎大の下着とボトムスを直して、自分はそのまま床に座る。 「どうしてしないの?」  あんなに熱くなっていたら苦しいだろう。暴走しそうならしたらいい。慎大も清弘なら受け止めたい。  そんな気持ちで隣に座ると、清弘は困ったように眉をさげて慎大の肩を抱き寄せた。その手が熱いし、下腹部は存在を主張したままでつらそうだ。 「続きは、俺が暴走しないくらい大人になれたら」 「清弘は大人だよ?」  いつも余裕で、なんでも知っていていろいろなことができる。清弘が大人でなかったら慎大なんか赤ん坊レベルだ。 「慎大がどう思ってるかわからないけど、俺だってまだ高校生なんだ。好きな子のエロい姿で興奮して、めちゃくちゃにしたくなる」  額にキスをされ、目を閉じたけれどもう唇は重ならなかった。慎大からキスをしようとしても避けられる。 「慎大がちょっと大人になったから、今日は終わり。もともとこんなことまでするつもりなかったんだけど」  少し早口な彼に、もどかしくなる。暴走したって好きにしていいのに。でもそれを伝えてもきっと清弘は頷いてくれない。そういうところが大人だと思う。 「清弘も子どもなの?」 「そう。だからもうだめ」 「ふうん」  膝立ちになり、清弘の頬を撫でたら悩ましげな瞳が向けられた。こんな目をされたら、慎大のほうが我慢できない。 「じゃあ、俺が清弘を大人にしてあげようか?」  誘うように言ってみると、清弘の瞳が妖しく揺れた。  清弘になら、なにをされてもいい。 (終)
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