『0』

1/1
前へ
/13ページ
次へ

『0』

 想定より時間がかかってしまったが、ついに妻との離婚が成立した。  安くない慰謝料で貯金はほぼ0。プラスこれから息子の養育費を払っていくわけだから、ますます社畜しなくては。今のマンションの家賃は高いから引っ越そうか悩んでいる。もう少し狭い部屋を借りて彼女と暮らすのも悪くない。  これから久しぶりに彼女と会う。連絡は取っていたものの、会うのは離婚成立まで控えていたのだ。  以前会った彼女は別人みたいにやつれていたが、離婚したと伝えたら少しは元気を取り戻してくれるだろうか。  待ち合わせは彼女の家の近くにあるゼロというバーの前。看板に『0』とだけ書かれた隠れ家的な店だ。なかなか居心地がいい。  今日はかなり残業したので、時間は0時にしてもらった。  なんだか数字の『0』だらけだが、これがエンジェルナンバーなのかはわからない。3、2、1と来たから意識して0を探してしまっているような気もする。まあどっちでもいい。  ちなみにサイトには「『0』は魂の解放。あなたを縛り付ける全てからあなたを解放してください」と書かれてあった。なら離婚して正解、と都合よく捉えてもいいだろう。  待ち合わせの0時ギリギリで、すぐ手前にある大きな信号に引っかかった。念のため彼女に「もうすぐ着くよ」とメッセージを送る。  やがて信号が青になり、みな渡り始めた。この辺りは繁華街、加えて今日は金曜日だ。深夜になっても人通りが多い。  行き交う人の中を進み、横断歩道の中央くらいに差し掛かった時。 「……うグゥッッッ!!!」  一瞬、何が起きたのかわからなかった。わからないまま、その場で身体が崩れ落ちた。すぐに「キャーッ!!!」と耳を劈くような叫び声が上がった。  熱く煮えたぎるような痛みが下腹部を襲う。無我夢中で腹に手をやると、何かかたいものが刺さっていた。これは……刃物か。  どうして俺は刺されているんだ。一体誰が、何故。  ぼんやりとしてきた視界に、誰かの服に大きく描かれた0みたいな文字が映る。  その瞬間、俺は悟った。  3、2、1、0。これはエンジェルナンバーなんかじゃなくて、死へのカウント、ダウ──。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加