触れないみちゆき(初稿)

1/1
前へ
/1ページ
次へ
龍は空を飛んでいた。 ふと下を見ると、なにやら白いふわふわしたものが道を進んでいた。綿毛よりも大きく、兎よりは小さい。 長い年を生きてきた龍にも見たことがないものだった。 下界に降りる。 竜の体は大きいため、何本もの木を薙ぎ払うことになった。仕方がない。 地面に接するのは何百年ぶりだろうか。腹を地面に押し当てて、ふわふわを眺める。 目は、ないようだ。だが一心に進む方向が「前」なのだろう。 足も、ないようだ。だが転がらずに進んでいる。 口や鼻や、手もしくは前足もわからない。 ならば生き物ではないのか。だが、進んでいる様子は、生き物が動いているようだ。 龍は、触ってみたい、と思った。 見ているだけではその正体がわからないためである。 そ、と前足を伸ばす。 間もなく触れる、と思った瞬間。 バチ! と衝撃があった。白いふわふわはどこかへ飛んでいってしまった。 自分が触れられなかったとは、なんと、魔の物であったか。 あの色や姿からは魔は感じなかったが、あの衝撃が全てを証明してしまっている。 魔の物ではあったが、進む様子は必死そうだった。 自分が触ろうとしたばかりに、気の毒なことをした。 龍は再び空を飛ぶ。 どうにもあの魔の物がどこに向かっていたのかが気になっていた。 進んでいた方法へ向かってみることにした。 あのふわふわの大きさでは遠かったろうが、龍では一瞬だ。 その先には、小さな泉があった。 こんなところに泉があっただろうか。龍は長らく空から眺めていたが、この場所には一面の森が広がっているはずだった。 訝しながら降りてみることにした。泉に近づいたと思った途端、泉から飛びてた大きな口を開けたものに呑み込まれた。 龍は巨大である。その龍を呑み込むものは、なにか。 呑み込まれた中を飛ぶ。 最初はさすがの龍も驚いたが、入ってみるといつものように飛ぶことができた。呑み込んだものの正体はわからない。自分を囲む壁に近づこうにも、すんでのところで避けられる。どこまでも避けるだなんて、そんなことがあるのか。ここはどこか。 埒が明かないとして先に進むことにした。 進むうちに、先に光が見えてきた。光に向かって飛んでいく。どんどん強くなる光。龍を光が包む。 目が慣れるとそこは広場だった。白いふわふわが一面に広がっている。皆一様になにやら動いている。 近づいてみると、皆寄ってくるではないか。触れると弾ける……と思いきや、平気で触れられる。龍はみるみる白いふわふわに纏われた。ふわふわには僅かに体温を感じる。やはり手足も顔もない、ただのふわふわ。体を僅かに浮かせて進んでいるようだ。これは、一体。 「君たちは、一体、何だ」 龍が空気を震わせて尋ねる。 龍の耳に近いふわふわが、 「そのうちわかります」 と同じく空気を震わせて答える。言葉が通じるようだ。 見ると、ふわふわたちのいる中心が僅かに膨らんでいる。 龍はふわふわを掻き分け、その膨らみを確認しようとした。 最後のふわふわを取り除くと、そこに、赤茶色の塊がいた。 「バレてしまいましたか」 そう聞こえたかと思った瞬間、全てが霧散した。 気が付くと、そこは森の中だった。木々を薙ぎ倒して、龍が倒れていた。 見ると、傍らに狐の子供が倒れていた。 龍が見つめていると、そのうちむっくりと起きだした。 龍の姿を見て驚いていたようだった。 「お前だったのか」 龍が話しかける。 子狐は言葉が出ない。 「自分の術に自分も巻き込まれたか」 子狐は怯えているようだった。 龍はため息をつき、子狐が落ち着くのを待った。 「どうしてあんなことを」 「だ……だって、おいらの邪魔をしたからよ」 精一杯の虚勢。あのふわふわはやはりこの子狐か。 「どこに行くところだったのだ」 子狐はしばらく考えたあと、答えた。 「夜に祭があるんだよ。これじゃあ着いたころには終わっちまう」 「あの姿でか」 「それがきまりなんだよ……でももう」 子狐は俯いて呟く。 元はといえば、自分が吹き飛ばしてしまった。連れて行ってやりたいが、同じことになってしまう。それに、魔の物を助けてしまってよいのか。 そうだ。 「お前、水は泳げるか」 「な! ……舐めるなよ、そんなの朝飯前だ!」 「ならば」 龍は空高く飛ぶ。雲を呼び、集める。上空は雲に覆われ、あたりは急激に寒くなった。 プラズマの匂いが漂ったと思った瞬間、雷。 雷鳴とともに雨が降る。瞬く間に豪雨となり、森の道がみるみる雨で埋まる。川のようになり、濁流となり、全てを流していく。 子狐は、ふわふわに化ける間もなく流されていく。 「ふわふわに変化するのだろう」 と龍が声をかけると、あわててふわふわに変身した。そのまま流されていく。 流された先が気になり、龍が進む。 流れた先は、森の外れの窪んだ土地だった。そこには大小さまざまなふわふわになった狐たちが集まっていた。ああ、あの子狐が見せた幻術と同じ光景ではないか。 自分は彼らに触れることはできないようだが、幻術の中では触れさせてくれた。 あの中にはあの子狐もいるだろうか。 しばらくして、星空の中を龍は飛んで行った。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加