一章 手向けとなるのは

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一章 手向けとなるのは

 薄暗い森だった。  月が見え隠れする不安定な雲行きが空を覆う。  生き物は息を潜め、森の中に漂う禍々しい気配をやり過ごそうとする。  明らかに異常な気配が森の中にいた。  さらに響くは断末魔。恐怖、驚愕、無念さ、様々な感情が綯い交ぜとなった最後の叫びが轟く。  その声を背で聞きながら、アルトナはただただ走り去るしか出来ない。  風が彼女の赤髪をなびかせながら、その瞳から感情が流れでいた。 「くっ、振り切れない!?」  隣で悪態を思わず悪態をつくのはパートナーのゼノだった。  先ほどまで、森で感じたことのない禍々しい気配がそこら一面に漂う。  十人いた仲間が今は二人のみ。  傭兵として各地を転戦していた屈強な仲間達が、いとも簡単に為す術無く惨殺された。  アルトナ達が張っていた野営地への奇襲だった。  先の戦に勝ち、今は何処ともけい訳していない状況への襲撃。彼ら傭兵団への怨恨と考えられたが、仕向けたのが誰かなど考える余裕などなかった。  私達は、これほど弱かったのか?  今まで積み重ねてきたものが一瞬で瓦礫と化した。 「くそくそくそくそ! あいつら、絶対に皆殺しにしてやる!」  アルトナが走りながらそう叫ぶ。 「そう、なら今見せておくれよ」  それは頭上から聞こえた。 「っ!」  アルトナは抜剣と同時に頭上を切り上げた。手応えと共に、何かが地面に墜落した。墜落したそれの顔が月明かりにさらされる。 「な、なんだこいつ」  縫い目だらけの顔がそこにあった。いや、顔だけでない、体中縫い目だらけだ。虚ろな瞳がぎょろりとアルトナに向く。 「まだ生きて!?」  肩口から胴の半分まで両断されているのに、まだそれは動こうとする。  あまりの状況に、アルトナの身体は固まる。 「ヌンッ!」  それをゼノが割って入り、異形の頭を一刀の元に断ち切った。 「ゼノ!」 「無事か」  そういい、振り返るゼノの脇腹には剣が突き刺さっていた。 「なっ!?」  致命傷ではなさそうだが、ゼノの顔は苦痛に歪んでいた。 「気にするな、まだ来るぞ」  彼の視線の先、アルトナ達が逃げようとしていた先に人影があった。 「ほう、ソレを倒すか。やるじゃないか、【荒熊】ゼノ・アランクス?」 「俺の名前を知っているだな。名を上げるのが目的か?」  ゼノの言葉に、声の主は嗤って返した。
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