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プロローグ
ゴオオ、と風が鳴る。
金で縁取られた豪奢な窓枠がガタガタと揺れて、白いレースのカーテンが、まるで凱旋の御旗のようにたなびいていた。
室内に吹き荒れる風で蝋燭の火は消え、満月の光だけが照らしている。
本来であれば王城の一角であるこの部屋に、これだけの音が響けば兵たちが駆けつけて来るはずだが、その様子もない。
側にいたレジナルドもとっくの昔に倒れている。肩が少し揺れていることから、死んではいないようで、そのことに少しほっとした。
そうして、俺の前に立つのはただ一人──彼だけだ。
現状、意識があるのは俺と彼だけ。
……恐らくは、俺の前にいるこの人がどうにかしたんだろうとは予想がついた。
「なぜ、あなたが……」
見上げた先の人への恐怖はない。俺にあるのはただ困惑だけだ。
どうして、あなたが、ここに……この王城にこんな風に登場するのか。
こんなシナリオはなかったはずだ。
俺の問いに、俺へと手を差し伸べつつ壮絶に美しい笑顔を浮かべて答えた。
「迎えに来たよ」
※※※
異世界転生。
言葉だけならば知っている人も多いのではないだろうか。昨今流行っている物語の中にもこの言葉が出て来る設定は多い。
本好きでありラノベも嗜む俺もこの言葉には馴染が深い。
異世界に転生したり転移して敵を倒したり恋したりと……様々に展開する物語がゲームでアニメで漫画で小説で、と見ることができる。
なので、まあ、その言葉の意味は知っているしどういうことが起こるかも大体の予想はつく。
……つく──が、どこの誰が、自分の身に起こると予想できるのか……!
元々の俺は日本に住むしがない大学生だ。
めちゃくちゃ底辺というわけでもなく、かといって国が誇るような難関大学でもなく、けれども家庭教師のバイトには行けるくらいの大学に通っていた。
悲しいことに彼女はいないが友人もそこそこ居て、のんびりと暮らしていたのである。
そんな日々のある夜中。妹から誘われて一緒にプレイしたのが『ノエル』という家庭向けゲームだ──妹と俺は比較的仲が良い。なんてことはないオタク仲間だからだ──。
なんでもこのゲーム、元は同人有志で作られたもので話こそ特筆したものではないがとにかく美麗なスチルと、演技力抜群な声優が評判となり一般的なゲームでも売り出されたらしい。
確かに、見ていた限りで言えば、美麗な絵ではあったし声優陣も軒並み素晴らしかった。
システム自体はプレイヤーが主人公視点となり、男性キャラを落としていく乙女ゲームと称されるもので、基本的には会話と選択肢で構成されている。ちょっとしたミニゲームはあるものの、それも難しいというほどではなく、普段ゲームをしない女性でも取り組めそうだった。
ただし、がつく。とにかくこのゲーム……選択肢に失敗した時の内容が酷いのだ。
うっかり間違えれば主人公でも主人公の敵役でもメス堕ちエンドになる。即、なる。
他にもモブレエンド、苗床エンド、性奴隷エンド、娼館送りエンドと、内容が成人向けすぎた。これだけの内容でも成人向けではないらしいから、世の中の闇は深い。
妹が進めるゲーム画面を見させられている俺は興奮どころか恐怖しかない。妹は成功しようと失敗しようとキャアキャアと騒いでいたが。オニイチャンワカラナイ。
そしてなによりもこのゲーム……内容がBLなんですよね!
妹よ……なぜ兄貴とこれをプレイしようと思ったのか。オニイチャンワカラナイ(二度目)。
美麗スチルとは言えめくるめくボーイズがラブする世界で、たまにおこる散々なエンドである。面白くないとは言わないが精神的に疲労困憊したことは間違いない。
さて、察しが良い方はお気付きかもしれない。
俺は先に異世界転生した旨をお伝えしたと思う。
………………そう、何を隠そう俺が転生したのは──BLゲーム『ノエル』の世界だったのだ。
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