小さな手の感触

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 あの人が、手にした包丁ごとわたしの身体にぶつかってきた。  なんの抵抗もなくそれはわたしのお腹に吸い込まれていき、その瞬間は特に痛みも感じなかった。  ただ、身体の中の冷たい感触で、鋭利な刃物が異物として入ってきたのがわかった。  一瞬後に、血が噴き出てくる。  わたしの血が、包丁の刃や柄にまとわりつき、下にぼとぼとと垂れていく。  目の覚めるような真っ赤な色の血は、闇へと呑み込まれていこうとしているわたしの命の、最後の(ともしび)のようだった。  血は、あの人の手も濡らしている。  顔を上げて、あの人を見た。  笑っていた。  あの人は、もうこれ以上ないというくらい歓喜の表情を浮かべていた。  すう、と身体の力が抜けていく。立っていることができなくて、地面に倒れ込んだ。  暗い空に浮かぶ、白い月。  わたしの目に映る最後の景色だった。  だんだんと目の前が暗くなっていく。  死ぬ。  わたしは死ぬ。   こんな所で、誰にも知られずに死んでいく。  家族も同級生たちも、誰もわたしが死んだことを知らない。  お母さん、お父さんに、ひとめでいいから最後に会いたかった。   怖い。   怖いよ。  たったひとりで死ぬのが、怖くて、寂しかった。  そして、まるでテレビの画面がぷつっと消えるようにわたしは闇に覆われた。  でも、意識が消える間際に、わたしの手を小さな手が握るのを感じた。  その手に握られた瞬間、恐怖や寂しさが無くなり、暖かく安らかな気持ちが広がった。
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