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見ちゃった?
今夜は好みがいなかったな。
ゲイが一夜限りの相手を求めていくバー、『nonon』。
いかにも、という店ではないので、当然ノンケの人間も飲みにくる。でもそこは嗅ぎ分けることができていて、赤っ恥を掻くこともない。
とはいえ、俺の方から声をかけることは全くと言ってよいほどない。
いいな、と思った男に目配せすれば、大抵、向こうから誘ってくるから。
自分で言うのもどうかと思うが、俺は美形だ。「綺麗な顔をしている」と、何度言われてきたことだろう。
残念なことに、今夜は俺好みの男がいなかった。
声は掛けられたが微妙だったし、それにおそらく年下だったし。
俺は、年下は相手にしない。
どうも年下は苦手で身体が受け付けない…… というか、受け付けようとした経験もないが。
俺は、相手の年齢を推測し、そして大抵当たる。
だから、(いいな)と瞬間思っても、(あ、年下か)と分かった時点で興醒めしてしまうこと多々あり。
仕方ない、今夜は家に帰って自分で慰めるか。
「檜呉さん、これ、どう思います? 」
「ん? 」
「営業部からの領収書なんですけど、宛名も但し書きもないんですよ」
ノートパソコンの画面を俺に向けてくる隣の席の三年後輩、伊藤くん。
四月に営業部から経理部に異動になった。
営業が向かないからと、『ビジネス会計検定三級』を取得したという努力は見事だと思う。三級、がなんとも中途半端な気はするし、ここは会計業務が主で財務は別に課があるからな。
とりあえず努力を認めたんだろう、会社は。
「承認済みじゃないか」
「課長が承認してます」
ふぅっと、軽くため息を吐いた。
普通ならメールの時点で申請却下、または不備連絡をする。
おそらく、課長以上の役職の人だろうとは思った。
「営業部長なんですけど」
「…… だろうね」
ハウスエージェンシー、大手スポーツ用品メーカーを親会社として、親会社の宣伝、広告活動を主に行なっている会社の経理部、入社六年目の俺。
「原本提出するようにメールして」
「僕がですかっ!? 」
ああ、まぁ、そうだよな。
「…… 俺から課長に話しておく」
「ほんとですかー!? 」
ホッとした顔で俺に満面の笑みを見せる後輩、伊藤くん。
可愛いと思ってやってるだろう。
女性社員に人気のある伊藤くん、普通に可愛い雰囲気は分かる。
でも、それを俺に振りまくな。
鬱陶しいだけだ。
「あ、桑名くん、どうしたの? 」
伊藤くんが可愛い声を出している。
普通に声を出しなさい。
経理部に現れたのは、金髪なんだか銀髪なんだかどちらともいえない、またはどちらともとれる髪色に、ピアスもして瞬間眉がひそんだ。
桑名?
ああ、あの桑名か。
今年、デザイン部に入社したグラフィックデザイナー、桑名慧。
大型新人が入ってきたとか、噂になっているヤツか。
でも、夏に発表されたスニーカーの広告ポスターは大反響で売上げは急上昇、それは彼、桑名慧が制作したものだった。
期待の新星は間違いないか。
── スニーカーだって恋をしたい
なかでも、キャッチコピーが話題を呼んでいた。
俺にはさっぱり、ピンとこなかったけれど。
顔もスタイルもよくて、社内ではアイドル並みの人気だと風の噂で聞いた。
それだって俺にはさっぱりピンとこない。
なんてたって、年下だしな。
「これ、申請いいですかー? 」
その、だるい感じの話し方、イラっとする。
「えっとさ、最初はメールで申請して欲しいんだ」
「領収書添付して、ですよね」
「そ、そう」
伊藤くん、君はその桑名より先輩なんだぞ、もっとビシッと言ってやれ。
内心イライラする俺。
「面倒ですもん、いいでしょ」
「だめだっ!」
思わず、俺が大きな声を出してしまったから、伊藤くんだって、経理部の皆んなだって俺に振り向く。
あ、どうしようかと一瞬たじろいだ。
しかし、
「経費の精算は最初メールで申請が決まっている、面倒でもそれがルールだ。できないのなら請求するんじゃない」
冷静な声で、この、桑名慧に諭した。
伊藤くんが隣りで、輝かしい眼差しを送っているのが分かる。
まぁ、こんなもんだ。
いくら会社が大事にしている人材でも、規則は守ってもらわなければならない。
「はーい、了解でーす」
桑名慧が領収書をぴらぴらとさせながら、あっさりと経理部を去って行ってくれたから、どれだけ胸を撫で下ろしたことだろう。
少し拍子抜けはしたが。
「さすがですね!檜呉さん!」
キラキラとした目で俺を見る伊藤くん。
これくらいなんでもない、ふふっと笑ってみせた。
「トイレに行ってきます!」
いちいち報告しなくていい。
「ごゆっくり」
でも、そんなふうに応えてやる。
空いた伊藤くんの席、隣りにすかさず座ったのは、去ったはずの桑名慧。
「俺さ、昨夜、見ちゃったんだけど」
突然の声に、それに驚いたのだが、桑名慧が言った言葉にさらに喫驚した。
「あの店、ある種の人が行く店だよね? そこから出てくる檜呉さん、俺、見ちゃった」
…… え?
あの店って、nononのことか?
桑名慧、何者?
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