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去年泊った宿の名物女将。その人柄が気に入って、今年も予約の電話をかけたところ、女将自身がそれを取った。
女将さんがいい人だからまた泊まりたい。その旨を告げると、女将は電話口で嬉しそうな笑い声をあげ、お待ちしておりますと返事をくれた。
そして当日、宿に着くなり、俺は女将の訃報を耳にした。
亡くなって半年以上が経過しており、しばらく閉めていた宿も、この二月ばかりで再開したという。
そんなに前に女将が亡くなっていたって? でも、俺が予約の電話入れたのはおよそ三ヶ月前だし、その時電話に出たのは確かに女将だった。
その辺りをあれこれ聞いたが、誰も俺の電話を受けた者はいなかった。それでも間違いなく部屋の予約はできていて、みんな、誰かが予約を取った客が今日泊まりに来ると思っていたらしい。
いったい俺がかけた電話を受けたのは何ものだったのだろう。
もしかして、亡くなった女将自身が、自分と会うために宿に泊まりたいと言ってくれた俺のために、わざわざ電話に出てくれたのかな?
もう会うことは叶わないけれど、滞在している間、あの懐かしい笑顔を思い出して過ごすとしよう。
名物女将…完
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