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遠い昔、今の国を興した初代の中心人物は三人。勇者と騎士と司教だ。
勇者の血を受け継いだ子孫たちが、現王家の者たちだ。だがそれでは王族の権力が強大になると考えた三人は、ある法律を作った。
国の要職に就く者を決定する際に、国王ひとりだけでは決められないようにした。
どちらかひとりでいい、騎士か司教の血筋を引き、後継ぎとなった者の推薦を得なければならない。という法律が制定されたのだ。
だが、ふざけたことに、騎士の子孫は王家とべったり内通している。
そのため、国の実権を握っているのはそいつらで、隣の領土を治めているユーデリア侯爵家は、そこへすり寄って自分たちの利益を取り計らってもらおうとしている。反対に、我がフォーフィールド家のようなコネのない貴族は追いやられている状況だ。
司教の子孫は、辺境伯として要所で戦い、国を守っている。そう言えば聞こえはいいが、要は治世に口出ししないように、十年前、辺境の地に追いやられたんだろう。
そう。司教の子孫こそ、ライオネル・バーノン辺境伯だ。
俺は辺境伯と結婚して、強大な地位と名誉を手に入れる算段だ。
国法では、一年間以上婚姻関係にあれば、親族と認められ爵位の継承が許されるとある。
辺境伯には兄弟がおらず、近しい親戚も少ない。
司教の家系から受け継がれている公爵の爵位を、なんとかして俺に継承させる。
爵位は男系親族しか継ぐことができない。俺は男オメガだから、嫁という立場でありながら爵位を受け継ぐことができる。
こんないい方法を利用しない手はないだろう。普通、爵位は親から子へ受け継いでいくものだが、男オメガの俺は法の隙間をかいくぐって爵位を受け継ぐことができる。
この一年間で、辺境伯に気に入られるようにする。そして、策を講じて辺境伯が公爵の爵位を俺に譲るよう仕向けるのだ。
辺境伯は聞く話によると、怪物のように強くて、恐ろしい姿をしているらしい。そのためアルファのくせに二十九歳になってもオメガの嫁が見つからないそうだ。そんなオメガ慣れしていない男なら、手玉にとるのも容易いに決まっている。
そして一年後、爵位を奪った俺は離婚する。理由は死別がもっとも再婚しやすいが、そこまで辺境伯から奪うのはやり過ぎだろう。
でもあいつのことは可哀想だなんて思わない。どうせ他にも爵位はいっぱい持ってるんだろうから、ひとつくらいもらってもいいだろう。まぁ、俺が騙し取ろうとしているバーノン司教から継承している爵位は、最も重要な爵位だろうがな。
馬車は田舎道から石畳の舗装路に入り、ついに辺境伯の城が見えてきた。
さすがは建国者である司教の子孫の城だ。隣国に近く、国境間近の山々に囲まれたような辺境の地にあるのに、塔の造形がしっかりしていて見栄えがよく、城壁の長さからしてかなりの敷地の広さがあるようだ。
「結構な金もありそうだな」
俺は爵位だけじゃなく、できるだけ財産も奪ってやろうと画策している。
お人好しな父上のせいで、フォーフィールド家はかなりの財政難だ。
やはり持つべきものは金だ、金。世の中のほとんどのことは金で解決できる。
「バーノン辺境伯は、この辺り一帯を治めていらっしゃるからな。相当なお金持ちだろう。ノアは、本当にすごい御方に嫁ぐことになったな」
俺の策略などなんにも知らない父上は、俺の隣の席で馬車に揺られながら呑気なことを言う。
嫁ぐけど、すぐに辺境伯とは華麗にさようならだよ。一年後、俺は爵位と財産をあいつから奪ったあと離婚してやる。
馬車が城の城門をくぐり、正門の前へ到着する。正門の前には、大勢の人々に混じり、辺境伯本人が直々に俺を出迎えに来ていた。
「ノア・フォーフィールド子爵令息。ようこそ我が城へおいでくださいました」
辺境伯は馬車から降りた俺の姿を見つけるなり、近寄ってきて、ご丁寧に頭を下げて挨拶してきた。
ありえない。
辺境伯のほうが圧倒的に俺よりも身分が高い。なのに、なんで俺にそんなに敬意を払って頭を下げるんだ!?
「ライオネル・バーノンと申します。この城の当主で、辺境伯。そのあたりまではご存知でしょう」
辺境伯は背がとても高い。俺より頭ひとつぶんデカい。白の婚礼衣装に身を包んでいるが、男らしい体格のよさは見て取れる。
黒色の髪ははっきり言って重い。目が半分隠れるくらいに長くてモサモサしていて、髪のあいだから時々光る、黒く鋭い眼光が怖い。顔は戦いの傷だらけで、特に目立つのは頬にある大きな十字の傷だ。傷痕が生々しくて思わず目を背けたくなる。
そんな怖い顔の男が、俺を見下している。なまじ背が高いからかもしれないが、初対面でいきなり人を見下すのはいかがなものか。
こいつは、いったいいつからこんな醜悪な見た目で生きているんだろう。ここまで酷いと、わざとかと思いたくなる。
でも俺は今からこいつを魅了し、手玉に取ってやらなければ。まずは俺を信用させて、徐々に金や爵位を奪ってやる。
「初めまして、ノア・フォーフィールドです。お会いできて至極光栄に存じます」
俺は本心を隠して、得意の社交的な笑顔を見せる。鏡の前で何度も練習して作り上げた、完璧な笑みだ。
「初めてではありませんよ」
「えっ……」
思いがけない言葉をかけられ、一瞬、俺の笑みが崩れた。だが俺はすぐに平静を取り戻し「そうでしたか」と笑顔で切り返す。
「はい。中央の城で、何度もお姿を拝見しております。ずっと前から美しいかただと思っておりました。そしてこのように近くで見るとさらに美しい」
辺境伯は、黒髪の重い前髪の隙間から目を光らせる。
うわ怖ぇ。何度もお姿を拝見とか、俺には自分が辺境伯に見られていたという意識はまったくない。
たしかに俺の容姿は目を惹くだろうが、俺に話しかけもせず、陰から密かに見ていたとしたら、かなりキモい。
「数々の求婚を断り、俺のもとに嫁いで来てくれたこと、とても嬉しく思っています」
辺境伯はニヤリと口角を上げ微笑む。
いや、笑うならもっとはっきりと笑えよ。そのちょっと口角上げただけの顔は怖いし、嬉しさは微塵も俺に伝わってこない。
これは二十九年間、辺境伯ともあろう御方に嫁が来ないはずだ。なるほど、見て納得した。
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