第1話 オナニー中に母から電話

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母と電話した直後だからか妙にリアルに母の声と薄ピンクの口紅が思い浮かぶ。  母は常に女の声をしている。だから電話越しに声を聞くだけで無性に腹が立つのだ。しなだれかかり、甘えて、愛されることを知っている声。  私が元夫の残していったアダルドグッズで虚しく性器をまさぐっているとき、母は恋人とセックスをしているのかもしれないと思うと無性にやりきれなくなった。   ――これ以上、お母さんに振り回されたくない。    気がつくと、私は予約ボタンを押していた。  はじめての方におすすめ! とマークのついた百二十分コースを選択しようとして、指が迷う。予約可能日に来週の金曜日(お泊まりコース可能)があったからだ。  ビールをまた一口飲むと特有の苦みが口の中にじんわり広がる。  ふう、と息を吐いて気持ちを落ち着かせると、お泊まりコースを選択して、ついに画面には予約完了が表示された。  初指名料、十二時間のお泊まりコース料だけで八万円を超えた。交通費は二十三区内であれば無料らしいので有り難いが、これに当日のホテル代と食事代が加算される。お金のことを考えると目眩がしそうになるけれど、使い道のなかった夏のボーナスがまだ残っているし、ハイブランドの財布を買ったと思えば安いものだと自分を納得させることにした。  ――予約、しちゃった。  私は思わずベッドに倒れるように横になった。まさか自分が本当にお金で男性を買う日がくるなんて、まだ現実味がない。  心臓がどくどく鳴っている。気がついたらビールは空になっていて、私は空の缶と床に落ちたアダルトグッズを手に取って洗面所に向かった。  ワンルームでひとり、オナニーに耽っていたのが随分過去のことのようにすら感じる。早くこれを洗って、早く眠らなければ。明日も仕事で早いのだから。  来週の土曜日、私は三十三歳になる。
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