小悪魔は天使に含まれる

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 たまたま目にしたウェブサイトに、こんな文章が書いてある。 『聖なる存在とされる天使。かわいらしい方やピュアなキャラクターを天使と呼ぶこともありますよね。 そんな「天使」にまつわるあなたの妄想をお待ちしています!』  一読して悪魔は思った。 「聖なる存在? かわいらしい方やピュアなキャラクター? それが天使だってえ! な~にが天使じゃ! そんなの、ただの妄想じゃあ!」  思っただけでなく言葉が口に出ているので、周囲に人がいたら奇異に感じられるかもしれないが、幸いなことに回りにいるのは同じ意見を持つ悪魔たちだけだった。彼らは天使と激しく対立している。敵を褒める気には到底なれない。  従って、ウェブを見てボヤいている悪魔に対し「うるせえ、静かにしろ!」などと注意はしなかった。その役割を果たす人物は別にいる。 「おい、そこのお前! 人の話を聞かないでスマホ見てるってなんだ!」  悪魔軍団の首領、悪魔王に怒られた悪魔は恐縮した。 「すみません、消えた大天使の情報をネットで検索してました」  理由を聞いて悪魔王は納得した……いや、しなかった。 「そうかそうか! なんて思う奴がいるわけないだろ! そんな秘密の情報がネットに出るかよ!」  悪魔王は配下の悪魔どもに向かって言った。 「もう一回だけ言うから、お前ら、よく聞け! 天界からの秘密情報だ!」 ・天界には、全てを統べる大天使が存在する。その天使が突如姿を消し、天界は混乱の渦に。  大天使の失踪で天界が混乱しているという朗報に悪魔王は色めき立った。大天使が天界に不満を抱いて出奔したとしたら、悪魔王から「味方にならないか」との勧誘に応じるかもしれない。全てを統べる大天使が悪魔の軍団入りしたら、戦力は格段にアップする。逆に天界は戦力ダウンだ。そこを攻撃されたら、ひとたまりもないだろう。  悪魔王は大天使の顔写真を部下たちに配り、それから命じた。 「大天使を見つけ出せ! 天界の奴らに先んじて確保するのだ!」  命令を受け悪魔たちは一斉に捜索を開始した。その中に、スマホでの検索をする悪魔がいた。先程ネット検索を注意された悪魔である。懲りない奴だった……が、いい線いっていた。 「ふむ、学校で天使と呼ばれている、この娘……写真の大天使に瓜二つだ」  悪魔は、その学校へ向かった。転校生に化けて侵入し、天使と呼ばれる女子生徒を調べようと企んだのだ。 ・学校で天使と呼ばれるあの子。彼女には誰にも言えない秘密があって――。 「私の秘密、聞いてくれる?」 「え……転校してきたばかりのアタシに、そんな大事なことを言っていいの」  学校で天使と呼ばれる女子は頷いた。 「他の人とは雰囲気が違う貴女になら言える」  まあ悪魔だから雰囲気は違うよ、と思いはするが口には出さず、人間の転校生のふりをし続ける。 「アタシで良ければ、話してみて」 「実は私、あるバンドに顔出しNGで参加しているんだけど……」 ・若者を中心に大人気のバンド。代表曲は「天使」。この曲には聴いた人々を操る不思議な力がある⁉  学校で天使と呼ばれる娘は、若者を中心に大人気のバンドで顔出しNGのボーカルとして参加していた。 「その代表曲が『天使』って言うんだけど、この曲には聴いた人々を操る不思議な力がある⁉ なんて根拠のない噂がネットで流れて、それで凄く迷惑しているの」 「ほ~ほ~」  普通の転校生に扮した悪魔は、何とも頼りない相槌を打った。何が何だか分からなかったためだ。そんな相手に天使と呼ばれる娘は窮状を訴えた。 「不思議な力があるのは、私が天使だから! なんて話まで出ているの。そんな嘘を信じた奴らが、私の正体を探ろうと周囲をうろつき始めて……本当に迷惑」 「それは困ったね……ところで、その話をアタシにして、どうなの? お役に立てない気がするんだけど」  天使と呼ばれる娘は言った。 「貴女、悪魔でしょ。その悪い力で、あいつらを何とかして」 「え」 「品行方正な大天使は、そういうの出来ないの。倫理違反になっちゃうから。でも、根っからのワルな悪魔なら、別に構わないでしょ」  悪魔の転校生は息を呑んだ。 「それじゃ、あなたはやっぱり……」  天使と呼ばれる娘はニッコリ笑った。 「大天使なんて堅苦しい役職をやっていると、ストレスが溜まって大変なの。それで、こうして時々は地上に降りて秘密の息抜きをやっているんだけど、もしも私の正体が地上の人間にバレたら、天界の仲間たちも私の秘密を知ることになるじゃない。そうなったら大事になるの。みんな、自分も地上で遊びたいって言い出すに決まっているから」  自分だけ楽しめばいいのか! そんなんでいいのか! と悪魔は大天使に怒鳴りつけたくなったが、小悪魔のような大天使の微笑みに心がとろけてしまった。 「分かりました……善処します」  大天使は悪魔の手をぎゅっと握った。 「ありがとう、心から感謝しているからね」
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