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<1・罪人さん、いらっしゃい。>
こんなはずじゃ、なかった。
ただひたすら、そう後悔していたことだけは覚えている。
「なんで、なんで……」
雨の中、苺谷美紅は傘もささずに彷徨っていた。家を飛び出したことは自覚しているが、その後どう歩いてきたのかもさだかではない。
頭の中を締めていることは一つだけ。後悔、後悔、後悔、後悔、後悔。どこまでも取り返しのつかない出来事、その悔恨。何をどうすればよかったか、なんて問うまでもない。己が何を間違えたかなど、己が一番よくわかっていることなのだから。
自分は罪を、犯した。
絶対に許されない、許されることなどあり得ない罪。
しかも全部が終わってしまってから自覚するなんて、あまりにも酷い。本当に馬鹿気た話ではないか。もう、愛しい日々はけして戻ってこない。あんなにも幸せな時間は、二度と帰っては来ない。それを粉々に砕いてしまったのは自分だ。あまつさえ、直前まで自分は己こそが被害者だと信じてやまなかったのだからどうしようもない。
どう転んでも、何を今からどう謝っても、何もかもが遅い。
かといって、自ら死ぬ度胸もなく、こうして雨に濡れて彷徨っているのだ。誰か自分を殺してくれないか、自分を裁いてくれないか。あるいは、この存在そのものを宇宙の藻屑と化して、消し去ってくれやしないかと期待しているのだ。
「ごめん、なさい……」
サンダルを履いた足が、水たまりを踏む。
道路を通った車が水しぶきを上げて、安物のジーパンとTシャツを濡らす。
雨の音、誰かの怒鳴り声、信号機の色、町の喧騒。何もかもがもう、どうだっていい。
どうせ、自分にはもう何も残っていない。世界で一番大切な宝物を、この手で打ち砕いてしまって、後になってその事実に気付いた愚かしい自分には。
だったら、このまま終わってしまえばいい。
ああ、でも、もしも望みが一つだけ叶うのなら、どうか。
――どうか、あの人、に。
目の前に迫る、眩しいヘッドライト。
美紅の意識は、そこで途絶えたのだった。
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