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「その様子だと、椎葉さんは記憶喪失じゃないんですよね?ってことは、私だけなんでしょうか……」
参加者全員記憶喪失ならば、みんな記憶を消されているとか、そういう可能性も充分に考えられた。しかし、美紅だけ忘れているのなら、記憶がないことと運営は一切関係ない可能性まである。
つまり、自分を思い出すことができる保証がまったくない、ということになってしまうのだが。
「……はい。僕は、記憶喪失じゃないです」
月は困ったように眉を寄せて言った。
「ううん、それは……不安、ですよね。このツグナイゲーム?とかいうのを考えた人達がやったんでしょうか。それとも何か他に外敵要因があるのか……」
そうだ、と彼はポン!と手を叩いた。
「確か、アナウンスがこんなこと言ってましたよね?」
『自分の罪がわからない人!心当たり多すぎて困っちゃってる人!そんな人達もいるとは思います。でも安心してください。この施設の中にはコンピューターもあるし、紙ベースの資料もあります。皆さんの情報は空間のあっちこっちに散らばっていますから、それを探していけばおのずと己がここに呼ばれた理由もわかるようになってくるはずです!それを見てから、自分が選ぶべき道を考えるのもまたヨシでしょう!』
「記憶があっても、自分の何が罪なのかわかんない人もいるって。そんな人のために、資料がこの空間の中にあるって。それを探したら、美紅さんも記憶を取り戻せるようになるかもしれませんよ!って、あ……」
そこまで言ったところで、彼はやらかした、というように口を手で押さえた。
「ごごご、ごめんなさい。僕、ナチュラルにあなたのことを下の名前で呼んでしまって!」
「あ、いえ、そんな、全然かまわないです。苗字でも名前でも呼びやすい方で呼んでください。それに、私も……自分の名前、好きなんで」
そうだ、なんとなく思い出した。美紅は、自分の名前を気に入っていた、ということを。
「……大好きなボカロと、同じ名前ってなんかいいなって。その、それだけ、なんですけど」
子供の頃から、ボーカロイドが大好きだった。美紅が生まれた後で発売されたものだから、あくまで名前の響きが同じなのは偶然ではあるのだけれど。みんなが大好きな歌姫と同じ名前というのがなんとなく誇らしかった――と、そんな気がするのである。
不思議だ。ボカロのことは忘れていないし、名前のことを思い出したらそれを好きな理由も思い出せた。ということは案外、自分の記憶喪失は重たいものではないのかもしれない。
「ボカロのことはわかるんですね!あ、僕も好きなんです。一番好きなのは鏡音ですけど!」
ニコニコ笑いながら青年は言う。
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