真琴の趣味と、考えの無さ。

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真琴の趣味と、考えの無さ。

「だけど使わないと本当に貯まるんだねぇ。西本、趣味は何も無いの?」 「筋トレと、コント動画の視聴と、あとはたまに一人で旅行へ行くくらいだな」 「割とあるじゃん! それなのにどうしてお金が貯まるんだ! 私は全然だぞ!」 「逆に真琴はどんだけ散財しているのよ。オタ活って言っていたけどグッズとか買うわけ?」  涼子ちゃんの質問を受け、勢いよくスマホを取り出す。そして、見て! と突き出した。 「何、このごってごてに飾り付けられたスマホは」 「私が今、推しているご当地ブイチューバーのグッズなのです! 待ち受け画面もこの子だし、スマホケースもリングもキーホルダーも全部公式の物なんだよ!」  そんでねぇ、といそいそと画像フォルダを開く。 「これが現在の私の自宅だ!」  画面を示すと涼子ちゃんは眉を顰めた。一方西本は、凄まじいな、とだけ呟いた。 「タペストリーでしょ。アクリルスタンド全二十六種類でしょ。ジグソーパズルも組み立てて額縁に入れて飾ってあるし、椅子の背もたれに掛かっているのは限定販売のバスタオルなのだ! そしてこれがとどめの一撃だぁ!」 「とどめを刺される覚えはない」  西本のツッコミは無視して別の一枚を表示させる。文房具をはじめとして、アクセサリーケースやリストバンド、眼鏡ケースにビッグキーホルダー、目覚まし時計に布製の人形、そしてなにより大事なフィギュアが五体、並べられているガラスケースの写真だ。どうだ! と叫ぶ。涼子ちゃんは何も言わなかった。 「これは金も出て行くな」  西本の一言に、そうなんだよ、と深く頷く。 「他にもエッチじゃない同人誌もいっぱい買ってあるからね」 「エッチじゃなくていいのか」 「エッチなのは汚された気分になるから嫌い」  成程、と西本は自分の顎を指で摘まんだ。一方私は両手で頬を押さえる。お酒のせいだけでなく熱くなっていた。 「この子は私の天使なんだよぉ。見た目も勿論可愛いけど、声がマジでそれこそ天使! 透き通っていて、高音で、でも喋り方は幼くて、中の人がたまに伸びをするんだけど、にゅぅ~、とか、にゃぁ~、とか、ついつい漏らしちゃうの! それもあざとくない感じでね! あー、ちょっと待ってね。今、聞かせてあげる! 画面録画でその場面を切り出してあるんだ!」  私はいい、と涼子ちゃんはグラスを傾けた。どれどれ、と西本が顔を寄せて来る。音量を絞って動画を再生した。此処は居酒屋だからね。そのくらいの理性は働くのだ。 「確かに可愛い声をしているな」 「可愛いなんてもんじゃない! 天使よ天使! 私の癒し! 今、私の給料はこの子に捧げられている!」   アホ、と涼子ちゃんが冷静に呟いた。 「まあ、真琴が何にお金を使おうがあんたの自由ではあるけど、その天使ちゃんが活動をやめたらどうするの?」 「過去の動画を見返し続けるよ」 「……逆に、真琴が飽きたらグッズは処分するの?」 「この子でハマった推しキャラは三人目だけど、前の子達のグッズは一つ残らず保管してある。クローゼットも押し入れもいっぱいになったから、レンタル倉庫を検討しているところ」 「更にお金を出て行かせてどうする!」  涼子ちゃんの尤もな指摘に、そこなんですよ、と指を鳴らす。 「出費が増える上にボーナスにも期待出来ないとなると、いよいよ副業に手を出さざるを得ない」 「あんたに必要なのは副業じゃなくて自制心! しばらくグッズの購入は控えなさい!」 「えー」 「えー、じゃない! 結婚したいんでしょ!? そもそも新居にその大量の荷物を持ち込まれる相手の身にもなりなさいよ! どうせ真琴のことだから、私の好きな物を全部受け止められる人と結婚したい、とでも思っているんでしょう!」 「流石涼子ちゃん! よくわかっているぅ!」  イエイ、とピースを繰り出すと、絶対にあんたは売れ残る、と地獄の底から響くような声で告げられた。 「へへーん、いいんだ。今の私にはこの子がいるもの。来週末もご当地でグッズの販売会が開かれるから、一泊二日で行くんだよ。今度の目玉は新しいアクスタだね。五種類出るらしいから、全部セットを買うのだ!」 「……いくら使う気?」 「宿泊代と交通費が二万五千円。グッズ代が四万円かな。アクスタ以外も買うから」 「バカか! 使い過ぎ! むしろずっとその調子でよく三十万円が貯まったな!」 「凄いでしょ」 「色んな意味でね! ちょっと西本、あんた一緒に行って真琴の様子を見て来てよ。場合によっては止めてくれ!」  涼子ちゃんがそう言うと、西本は静かに首を振った。そして、交際していていない男女が二人で旅行なんて言語道断、と平坦な調子で口にした。お経だってもう少し抑揚があるわい。 「うわっ、西本って本当に真面目。三十超えてまだそこまでちゃんとしているなんて、堅物だねぇ」  うんうん、と私も頷く。 「堅物だ。若しくは紳士。堅物紳士君!」 「あはは、何それ。真琴ってば本当に適当なんだから」  しかし西本は何故かぴくりとも反応しなかった。レモンサワーを煽った私は、わかったぞぉ、と真面目な同期の顔を覗き込む。 「私が相手だと緊張しちゃうんだなぁ? さてはお前、私に気があるのか!」  そうからかうと、無い無い、と涼子ちゃんは手を振った。 「有り得ない。私らは同期として仲良しだけど、西本が真琴を好きなんて言い出したら私、一週間は会社を休むよ。ショッキングすぎる」 「あはは、そりゃそうだ。同期っていうか私は友達だと思っているけど、とにかく無いよね!」 「第一、さっきの真琴の結婚相手に対するクソみたいな要望を聞いておきながら好きだって言えたら尊敬するよ。よっぽど愛情が深いんだな、って」 「クソみたいは言い過ぎだぁ」 「いい? 冷静に自分を鑑みてみなさい。顔、普通。体、知らん。性格、アホ。貯金、ほぼ無し。趣味にお金も時間も全振りしている。そして婚活もしていないくせにべらぼうな好条件を相手に突き付けるあんたを受け入れられるなんてもう仏よ」  ひどい評価だけど全部事実なんだよなぁ。だから反論はせず、へへ、と笑って胡麻化した。その時、そっ、と西本が手を挙げた。 「俺、受け入れられる」
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