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八年の片想いはあまりにも重い。
受け入れる? 何を? 涼子ちゃんも戸惑ったのか、え? と首を傾げた。
「山下が提示した条件を受け入れられる」
「……え?」
「仏ではないが、可能だ」
私もゆっくりと首を傾げた。何の話をしていたっけ。一方涼子ちゃんは、錆びついたネジが回るみたいにぎこちなく此方を向いた。彼女のレーザーでも照射しているかのような熱視線を受けて、まっさかぁ、と慌てて明るく西本へ返す。
「冗談も休み休み言えよ西本ぉ。それとも大分酔っ払ったかぁ? 私を受け入れるなんて悪酔いが過ぎるぞっ!」
しかし西本は、入社以来真面目一辺倒、ミスター堅物、渋い仕事人を貫いてきた我が同期は、ゆっくりと首を振った。
「冗談では、ない。俺は、山下と、付き合える、結婚も視野に入れられる。三十万円の貯金と大量のオタクグッズや同人誌を担いで飛び込んで来てくれたら、喜び勇んで受け入れる」
おい、と席を立ち、西本の隣に座り直す。
「西本よ。私の大事な友達よ。おめぇ、急に何を言い出してんだ? 私と結婚? 涼子ちゃんとじゃなくて?」
「私は結婚しとるわ!」
あぁ、と西本はしっかりと首を縦に振った。
「入社一年目から、俺はお前が好きだった」
うおおい、と取り敢えず肩を引っ叩く。がっしりした体系の西本は微動だにしない。
「嘘を吐けよーい。私ら八年間、仲良く同僚として過ごして来たやろがーい」
あぁ、といつもの低い声が返って来る。日常から逸しているのは西本の発言だけ。
「俺はお前に気持ちを伝えるつもりは無かった。むしろ、同僚にやましい感情を向けてはいけないと自分自身に言い聞かせていた。俺は生きるため、金を稼ぐために仕事をしている。働く場である会社の仲間に劣情を催すなどあってはならない」
「じゃあ私にムラムラしたら駄目やろがーい」
なんとか茶化そうと頑張ってみるが、西本は真っ直ぐと私を見詰める。ちょっとは視線を外してくれぃ!
「しかし抱いてしまった恋心は消え去ってはくれなかった」
わぁお、と涼子ちゃんが口元に両手を当てる。おばさんくさいよ。
「そんなに真琴を好きだったの? さっきのクソ要望を聞いたくらいじゃあ気持ちは変わら無さそうだね」
「むしろ山下らしいと微笑ましくなった」
西本の表情が和らぐ。慈しむような視線を向けるんじゃないやい。
「真琴、西本君と結婚しな」
「涼子ちゃん、結論を急ぎすぎ! そもそも聞きたいことが山ほどあるし!」
なんだ、と西本は再び顔面を引き締めた。
「まず、恋しちゃいけないと思ったんでしょ。それなのにどうして今急に、私へ想いをぶち撒けちゃったのさ」
「山下の結婚条件を聞いて、俺なら受け入れられると確信した。逆に柳部、じゃない、長谷田が言っていたように大抵の人間は難色を示すだろう。そして山下は結婚願望を持っている。つまり今は千載一遇のチャンスだと踏んだ。故に伝えた」
「意外としっかり打算的だったな!」
自分の膝を思い切り叩く。なんだよぉ、今日の君は魅力的すぎて我慢が出来なくなっちゃったぜ、くらい言ってもいいじゃんかぁ。まあいいや、次。
「じゃあ私の何処が好き?」
「自分がこれだと決めたものへ真っ直ぐ大量の熱量をぶつけられるところ。オタ活がいい例だ」
即答しおった……。
「そ、そっか。ありがとう。あ! でも私、可愛くないよ?」
「俺から見ればとても可愛い。さながら天使の如し」
「褒め過ぎだろうがよぉ―い!」
ツッコミを入れると、流石に恥ずかしいな、とちょっとだけ顔を赤くした。……その反応はズルいだろぅ。茶化そうにもこっちだって恥ずかしくなっちゃうじゃんか。
「貯金も無いし……」
「俺はそれなりにある」
「家事も好きじゃないんだ。料理は苦手。掃除は逆にこだわり過ぎて時間が掛かっちゃう」
「そんなの、共同生活を始めたばかりの人間同士であるならば、誰でも最初は折り合いはつかない。だが徐々に慣れていけばいい」
「オタ活動もやめられないし、グッズも増えるよ。時間を趣味にめっちゃ取られちゃう」
「言ったはずだ。自分がこれだと決めたものへ真っ直ぐ大量の熱量をぶつけられるところが好きだと。だから山下はご当地ブイチューバーさんを追い掛け続るべきだ」
全ての質問にきちんと答えた! ということは!
「西本ぉ! お前、こっちが思っていた十倍くらい私を好きだな!」
「当たり前だ。八年間も片想いを燻らせていたのだぞ」
「重い! 気持ちが重い!」
テーブルに突っ伏すと、真琴、と涼子ちゃんの真面目な声が飛んで来た。うっ、これは叱られる雰囲気だ。
「いつまでも茶化して誤魔化していないで、ちゃんと西本の告白に向き合いなさい。彼はあんたに好きだって伝えた。受動的な立場であるとしても、真琴には答える義務がある。好意を口にするっていうのはね、そのくらい勇気がいることだって真琴もわかっているのでしょう。だから必死で茶化して変な空気になるのを避けている。違う?」
当たりです、と我ながら弱弱しく呟く。でも涼子ちゃんの言う通り、ちゃんと答えなきゃ駄目だよなぁ。だけどさぁ。
「西本。八年も好きでいてくれた君に対する返事は、わからない、だよ」
彼はまだ、私を真っ直ぐ見詰めている。困った。本当に、困った。
「私、それこそ恋愛とかよくわからないんだ。子供の頃は足の速い人を好きになった覚えはある。だけど中学に入った辺りから、ドキドキしたりはしなくなった。推しキャラには、私の天使! って興奮するのに三次元の恋愛には縁が無くなった。まあ、私を好きになったって言ってくれたのも君くらいのものだけどね、今、私はその言葉が嬉しいと感じる一方、西本は私の天使だ! って思ってはいないから恋愛感情は無いのかなぁと困っている。だけど付き合い始める時ってこのくらいの熱量でもいいのかな? だって世の中の全てのカップルが、告白の時点で両想いなんて有り得ない。二人の熱量に差がある方が大多数な気すらする。八年も燃え上がっていた西本と、イマイチぴんと来ていない私じゃあ風邪を引きそうな寒暖差だけど、いいのかね? 涼子ちゃん、どう思う?」
話を振ると、責任重大な質問ね、と腕組みをした。
「まあ真琴は確かに恋愛に疎そうだし、交際はともかく二人でしばらく出掛けたりしてみれば? あ、そうだ。本当に一緒に行って来なよ、来週の旅行。一泊二日を過ごしたら、見えて来る一面もあるんじゃない?」
マジか、と西本は目を見開いた。部屋は別だよ!? と慌てて断りを入れる。
「それに私は私の天使ちゃんに夢中だからね! 君に構う暇も余裕もきっと無いからね! 承知の上で付いて来るって言うのなら、まあ、その、好きにすればいいけど」
その言葉に西本はすぐにスマホを取り出した。画面を覗き込むとホテルの予約サイトを開いている。何処に泊まるんだ、と聞かれて溜息が漏れた。こいつ、私を好き過ぎるだろぉ。
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