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同期会だけど仕事の話は終わらせる。
そんなわけでね、と私の隣に座る涼子ちゃんが溜息を吐き、焼酎のロックグラスを傾けた。目は遠くを見ている。
「我が社の景気もよろしくないの」
その言葉に、経理部も大変だな、とテーブルを挟んだ向かいの席に腰を下ろした西本は頷いた。
「そういえば、うちの部署に先日山科さんが怒鳴り込んで来たな。総務部主導で残業を減らせ、人件費がかかり過ぎなんじゃ、って総務課長に噛み付いていた」
あぁ、と涼子ちゃんが頬杖をつく。
「金が無いのに無駄に残るな、給料だけじゃなくて光熱費も考えろってキレていたわ。まだ五年目なのにあの子は度胸があるね。その話を聞いた経理課長はすっ飛んで行って平謝りしたらしいけど」
「正論だけじゃあ会社は回らないからなぁ」
「仕事も人間関係も色々絡み合って面倒ね」
折角同期三人での会なのに、私以外の二人は真面目だ。そんな話の中で私が気になったのは。
「今年のボーナスには期待出来ないのかなぁ。それを頼りに生きているのに!」
そう言うと、真琴は暢気すぎ、とすかさず涼子ちゃんに呆れられた。
「貯金とか積み立てとか、ちゃんとしているの?」
「全然」
即答すると、あんたも三十を超えたでしょう、と溜息を吐かれる。
「オタ活には金が掛かるのだ」
「趣味もいいけど将来も考えなさい」
ううむ、ドが付くほどの正論だね。だけど一回ボールを投げ返してみよう!
「そう言う涼子ちゃんはお金の管理、しているの?」
「当たり前でしょ。将来、子どもが生まれた時や退職後のことも考えて旦那と一緒に頑張っているよ」
私の浅い反撃は見事に撃ち落された。よし、ならば矛先を変える作戦だ!
「じゃあ西本! あんたはどう!?」
「俺は割と貯まっている」
「マジ? いくら?」
「一千万」
思わぬ返答に絶句したのだけど。
「……の、半分くらい」
続く言葉にズッコケた。そんなもんでしょ、と涼子ちゃんは冷静だ。
「なんだよぅ、うちの会社の安月収でやるやんけ! って感心したのに」
「ちなみに山下は結局いくら貯めているんだ?」
西本も真っ直ぐ切り込んで来た。
「三十万くらい」
正直に答えると、マジか、と少しだけ目を見開いた。涼子ちゃんは飲みかけていたお酒を吹き出した。
「貯金、そんなに少ないの!? 将来どうするつもりよ!?」
「わかんない」
「……真琴、結婚とかしたくなったらどうするの? その貯金じゃ式も挙げられないわよ」
「そんな私でも受け入れてくれる相手に巡り合いたいねぇ」
「いや結婚願望はちゃんとあるんかい!」
涼子ちゃんのツッコミに、ありますとも、と胸を張る。
「じゃあ婚活はしているの?」
「何もしていないよ」
「そのくせ三十万円だけ握り締めて、いい人がいないかなぁ、なんてよく言えたわね!? どんだけ自分に自信があるの!?」
「無いよ。ただ、そんな人がいたらええのぉ、と思っているだけ」
ちょっと、と涼子ちゃんが西本の方を向く。メガハイボールを飲んでいた西本は、ん? と短く応じた。
「男から見て、どうなのよ。真琴みたいなポンコツ結婚志願者」
「いいんじゃないのか、貰ってくれる奇特な人もどこかにいるよ」
ほらぁ、と勝ち誇ると、こいつら駄目だ、と涼子ちゃんは頭を抱えた。
「同期を駄目扱いなんてしないでよぅ」
「同期以前に人としてアウト」
「失礼な」
頭を振った涼子ちゃんは、真琴はもういいや、と諦めた。もういいって何じゃい。
「西本は? あんたも独身でしょ。結婚願望とか、あるの?」
その質問に黙って一つ頷いた。へぇ、と私は声を上げる。
「意外! 無口で武骨で不愛想なあんたもお嫁さんは欲しいんだ!」
「山下にだけはこき下ろされたくない」
「あ、わかった。貯金をチラつかせて結婚相手を引っ掛ける気だな!? やるなぁ、よっ婚活軍師!」
「褒められているのか貶されているのかわからんぞ。そして別に結婚するために金を貯めているわけではない。金を使う趣味が無いから勝手に貯まっていくんだ」
「じゃあ一割くれ。今度また、イベントがあってお金が掛かるんだ」
アホ、と涼子ちゃんに後頭部を叩かれた。割と痛い。
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