天使は未来を希(こいねが)う

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「なんだって!?」 「わたしたちは司令官にとっての脅威だから、無理やり戦いに繰り出されていたんだよ」 それは戦いという大義名分のもとに、白い天使を始末していることを意味していた。その事実にシオンは愕然とした。 「あーあ、機密事項を言っちゃったぁ」 リリアはコートを脱ぎ捨て素肌を晒す。凛とした佇まいで背を向けて立ち、翼を大きく広げた。 「シオンもわたしと同じように、背中合わせに立ってくれないかな」 リリアの意図を察し、シオンも応じて翼を広げて立った。リリアは気持ちを落ち着けるように一度、深く深呼吸をして切り出す。 「準備はいい?」 「ああ」 互いの翼が共鳴し、幻想的な光を放つ。距離が近づくたびに、シオンの胸の鼓動は加速する。 ふたりの翼が重なり合った瞬間、翼が光の粒子となり空にはじけ飛ぶ。互いの翼は存在を打ち消し合いながら夜空に立ち昇り、幾何学的な模様を映し出す。それは空が夢を見る姿――オーロラのようでもあった。 振り向くと、ふたりの背中にあった翼はすっかり消えていた。翼は光となり、戦いに縛られたふたりを自由へと解き放つ道標となったのだ。 リリアは空を眺めてつぶやく。 「こんなことをしたら神様、怒るかなぁ」 シオンも頭上を見上げて感慨深げに言う。 「俺も地獄じゃ散々な目に遭いそうだよ」 だけどそれは、ずっと未来の罰となるに違いない。もう、誰のためだかわからない戦いなど、ふたりにはどうでもよかったのだから。 シオンがリリアの手を取ると、リリアは照れくさそうにはにかんだ。 「じゃあ、一緒に旅立とうか」 「うん。シオンがいればどんな未来だって、怖くなんかないから」 そうしてふたりの姿は、闇夜の奥へと溶けていった。 小さな幸せを求めた天使たちがどこへ消えたのかなど、狂った世界にとっては些細なことに違いない。 ただ、地平線から浮かび上がった下弦の月が、ふたりの歩む道を淡く照らしているだけだった。 Fin
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