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その夜、軍の食堂は勝利の喜びに満ち、酒と軍歌が飛び交っていた。けれど、出撃の機会を逸したシオンは高ぶった神経を鎮めるため、ひとりで基地を抜け出し夜の草原に身を泳がせた。
軍の喧騒を吸い込む星空を見上げながらシオンは唇を噛みしめる。
どうして司令官は天使軍ばかりを出撃させるのだろうか。俺たちは信頼されていないのだろうか。
すると、生い茂った草の中からかすかな音が聞こえた。耳をそばだてると、それはすすり泣くような声だった。足音を殺して声の主を探すと、草むらのなかにしゃがんだ人の姿を見つけた。
シオンはその姿に目を見開いた。身にまとうのは神聖さを感じさせる白銀のローブで、長い金髪が風に揺れている。その背中には折りたたまれた白い翼があった。
「なんで天使が――」
シオンが口にしたのは、なぜここにいるのかという疑問ではなく、その姿に対する驚きだった。
勇敢な兵士だと聞いていた天使が、まさかあどけなさを残す少女だとは思わなかったからだ。ところどころ抜け落ちた翼は、彼女が戦いに駆り出され、傷ついていたことを物語っている。
その姿に、今まで描いていた天使のイメージが逆転した。こんな少女が戦いに駆り出されているとは知るよしもなかった。あの顔を覆う白銀の衣装は、その事実を隠すための仮面だったのだ。
少女はシオンの存在に気づいて顔を上げた。恐怖を含んでいるようで、天使をイメージさせる穏やかな顔立ちとはかけ離れていた。
シオンは少女の前に歩み寄って膝をつき、なだめるように諭す。
「基地に帰りたくないんだろ?」
彼女はおびえながらも首を小さく縦に振った。
「だったら匿うよ。ついて来て」
落ち着いた声で言うと、天使はすがるような瞳で手を差し出した。シオンはその手を取ってゆっくりと引く。立ち上がった彼女の背中では、翼がいやおうなしに主張していた。
「ああ、それが見つかるとまずいよな」
シオンはそうつぶやくとコートを脱ぎ、そっと少女を包み込んだ。
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