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シオンは少女を寮の一室に連れて行き、翼の傷の手当てをした。傷の手当てが終わるころ、少女はリリアという名だと語ってくれた。
「リリアか、いい名前だな。俺はシオン、第一空軍の兵士だ」
リリアはシオンの軍服を見てうなずいた。シオンは尋ねる。
「天使は戦うのが怖くないのか?」
するとリリアは涙ぐんだ瞳でシオンを見つめた。
「怖くなんか、ない……はずないよ」
さては軍の教育には印象操作も含まれていたのかと、シオンははじめて疑いを持った。
「俺だって、戦うのが怖くてたまらない」
正直に心情を吐露すると、リリアは目を丸くして驚いた。
「兵士のあなたも怖いの?」
「当然だ。その恐怖をかき消すように自分を奮い立たせている。皆、そんなもんだよ」
リリアは安心したようで、ため息をついて肩の力を抜いた。
シオンが聞くと、天使は戦いに出れば、勝利か死しかないと教え込まれたとのこと。貢献なく基地に戻れば、罰則と次戦への恐怖だけが待っているのだとも。
思い返せば、天使軍が出撃すると兵士たちの間には安堵が広がった。その恩恵の裏には、常に天使たちの犠牲があったのだ。それを当然のように享受していた自身が腹立たしくなる。
「この国では、翼が生えたら入隊しないといけない決まりなの。だから、わたしの背中を見て、両親は泣き崩れたんだ」
そう聞いて、シオンは街中で天使を見たことがない理由に気づいた。彼らは戦いのためだけに存在し、命が尽きるまで軍から解放されることがない、ということだ。
「外の世界はきっと、まぶしいのよね。いいなぁ……」
シオンはリリアの言葉に耳を傾けながら、彼女が普通の女の子のなんら違わないことに気づいた。シオンは勇気を振り絞って提案する。
「じゃあ、俺が街の中を案内するよ」
「えっ? いいの!?」
「構わないさ。勝利した翌日は皆、酔っぱらって勝手に休日だからさ」
「やったぁ! どうせ罰を受けるなら、やりたいことをやらなくっちゃ損だもんね」
リリアは身を起こしてうれしそうに微笑んだ。その笑顔は戦場では見ることのない、純粋な少女のものだった。
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