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夕暮れが近づくと、ふたりは公園へと向かった。リリアはベンチに座り、シオンと並んでオレンジ色の空と沈みゆく夕日を眺めた。リリアがシオンの隣でぽつりとこぼす。
「わたし、もしも翼を持っていなかったら、どんな人生だったんだろうって思う。でも、天使としての宿命を忘れて暮らすことは、きっと悪いことなんだよね」
リリアは人間を見捨てるのは天使の行為に背くことだと教えられている。刷り込まれた使命感と罪悪感は消えないのだろうと、シオンはいたたまれない気持ちになる。
「シオン、ありがとう。こんなに楽しい時間を過ごせるなんて思ってもみなかった」
それはリリアにとっては最後のお礼のつもりのはずだが、シオンはどうしても別れを告げることができなかった。けれどシオンはリリアの手を離さなければ、軍人として生きていくことができなくなるのだ。
シオンは断腸の思いでリリアに伝える。
「君が命を賭しても、この国はなにも変わらないんだ。だから戦いが終わるまで絶対に散らないでくれ。平和が訪れれば、普通の女の子として生きていけるのだから」
リリアはシオンの言葉にそっと微笑んだ。それが叶わないことだとわかっていても、リリアの表情には平和と幸福が広がっていた。ふたりは風の凪いだ夕暮れの中で、残り少ない穏やかな時間を過ごした。
軍事基地まで見送ると、第二軍事基地の広場でグスタフ司令官が演説をしているところだった。それは全軍を挙げての総力戦に挑むという決意だった。
全面戦争の宣言に民衆は燃え上がり、煽動されていた。シオンはその異様な雰囲気を感じ、はらわたが煮えくり返る。戦いに関与しない連中は兵士や天使の命などお構いなしなのだと、己の存在を蔑まれた気がしたのだ。
この国は何か間違っているのではないか。軍は民衆を守るのが使命だと教わったが、軍の教育は嘘で着飾られているのではないかと思えてならなかった。シオンは決意を固め、こわばった表情のリリアに言う。
「この国から逃げよう!」
「えっ!?」
「西の谷間には、マハトラっていう小さな中立国に通じる長い橋がある。そこを渡って脱国するんだ」
けれど、橋の袂には見張り台がそびえ立ち、常に脱国者を見張っている。
「ほんとうに大丈夫なの?」と、リリアはひどく不安そうな顔をした。
「大丈夫だ。見張り役の兵士に話をつけておく」
シオンは自信を持って答えた。それは、金銭を渡して見逃してもらう手はずを意味していた。
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