天使の輪っか

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「ねぇねぇ、知ってる? 天使が輪っかを失くすと、寿命が減って若さを失うんだってさ」    なんて、昼間の学園で噂話してた矢先にこれだよ。 「あれー、おかしいなぁ。輪っかがない」  たしか、寝る前にちゃんと枕元に置いたはずなんだけどな。  まぁ、でもこうしてお肌はピチピチな訳で。早速、何も起きないことを証明しちゃってんだけどね。 「おおー、こんな夜にどうしたんだい。私の可愛いベイビーよ」  あちゃー、見つかっちゃったか。  やっぱりこんな時間でも起きてるんだね。 「あの、お父さ……大天使長様。私の天使の輪を見かけませんでしたか?」 「ん? 輪っかねぇ。寝るときはちゃんと外してるんだな。いい子だぞ」  そりゃあ、毎度毎度あなたからこっぴどく叱られますからねぇ。  それより、いつも輪っかをしているお父さんはいつ寝てるって話だよ。 「さすが私の娘だ。天使たるもの規則正しい生活をしてこそ、その使命が全うできるというものだからな」  えーえー。そういうお父さんこそ目の下クマだらけじゃない。前々から思ってたけどそれ、肌のクスミじゃないって。 「ところでネルは一体、こんな夜遅く廊下なんか徘徊してどうしたんだい?」  い、いや。だから、天使の輪っかを……。 「んん……あぁ、そうだったねむにゃ……」 「ちょ、ちょっと」  やっぱり、すぐに寝た方がいいって! お父さん! 「もう、こんなとこじゃ風邪ひくじゃん」  毛布を掛けてはみたものの、3枚じゃ全然足りない。  でも、なんというか。  こうして、お父さんが寝てる姿を見るのは、初めてかも。  立場上、家族でもほとんど会えないから。 「どうしたんですかい? お嬢さん」  んえっ!!  はぁ。なんだオバァか……ビックリさせないでよね。  まったく、いつも足音させないで近づくのどうにかならないのかな? 「お嬢様、そちらは大天使長殿ではありませんか?こんなとこで、まったく困ったものだねぇ。いくつになっても世話の焼ける人だよ、本当に」 「ねぇオバァ、お父さんが寝てる間にさ、一つ聞きたいことあるんだけどいい?」 「なんだい?」 「自分の輪っかを失くしちゃったの。こんな事今までなかったし、どうしたらいいのか。これって、明日から天使の使命果たせないってことだよね?」 「ほうほう、天使の輪っかを失くしたとな」  やっぱ、怒っちゃうよね……フードの中から覗くオバァの鋭い眼光が恐ろしい。 「そりゃぁ、まいったねぇ。あんたの輪っかは上級天使のやつだから失くされちゃ困る。下界への影響力が強い天輪だから、仮に盗まれてたとしら、悪用されるのも時間の問題じゃな……」 「あー、もう最悪ぅ……どうしよ」 「お嬢様、もう寝ましょう。悩んでも何も解決しませんよって。明日、ババと一緒に探しましょう」 「そうだよね、わかった。おやすみさない。オバァ」 「この大きな子はワシがちゃんと起こしとくから心配ないさ。いい夢をみるんだよ。お嬢様……」  もう、こんなんでいい夢なんて見れるわけないじゃん。 『チュンチュン……チュンチュン……』  遠くで小鳥のさえずる音がする。 『リリリリリィーーーーーーーーーーン』  ああ、やってしまった。  朝の7時を指す針が、時計を鳴らしている。 「はぁ……」  今日は、天使の定例会議があるってのに、完全に寝坊じゃん。 「……あれ? ない!」  天使の輪が見当たらない!  えーと……。  そうだ。昨日失くしてたんだっけ。てことは、これから輪無しで会議にいくことになるわけか。 「やばっ!」  慌てて起きようとしたら、くしゃくしゃのシーツが足に絡まってて動けない。  めんどくさい……このままベッドから飛び上がってしまえ。 「痛っ……」  足がもつれて膝を打ってしまった。  本当に最近ついてないことが多い……。 「お嬢様。いらっしゃいますか?」 「ちょ、待っ――」  この声はオバァか……。  そういや、天使の輪っかを一緒に探してくれるんだった。 「大天使長殿が、お嬢様が会議にいないことを心配しておられましたゆえ」  さすが、お父さん。私が知る限りでは3ヶ月起きっぱなしなはず。  なのに寝坊なしか。やっぱ寝てねーわ!  寝ないんだわ、あの人!  確信! 「では中に入っても、よろしゅうございますか?」 「ちょ、待って! 5分ちょうだい!」  そんな、老人と若者の時差を感じながらも、足はそそくさと動いていく。  広い寝室からベランダ、バスルームと片っ端に探したがやはり見つからない。  ここもやっぱり、ない。  もしやこれは、思っているより大問題なのではないだろうか!?  大天使長のお父さんからしたら、神様への報告事案に値するとか。  仮にそうだとしたら、掟重視の上級天使の役職から私は降ろされて、下級天使……。  いや、天使ならまだマシだ。  最悪は、下界の人間か動物、植物……虫って場合も。  あぁ、なんか朝から萎えるな。もう、このまま二度寝したいわ。  ベッド脇の鏡台に立ててある、赤い服で揃えた家族の記念写真を見て、ふと思う。  小さいころにうるさいほど、お父さんにしつけられたこと。  天使の輪っかは、寝るときには外して起きてるときは必ず被ることとか。  天界ではこの掟が当たり前だとか。  だからか、誰もが輪っかの必要性さえ知ろうともせず、ただ習慣化しているだけで。  天使の使命はこの輪っかがないと果たせないとされているのに。  そもそも、天使の使命とは一体なんなのかさえ……。  私にはただ、古くからの言い伝えを頑なに守っているだけにしか思えなかった。  当の天使がそれを知らないでやる、中身のない定例会議に何の意味があるのだろうと。  寿命の長いオバァなら何か知ってそうだけどなぁ。 「よし! オバァ入っていいよぉ」 「どれどれ。まぁまぁ、ネル様にしては綺麗に片付いている方ですわな」  入って早々、部屋のホコリ探しをするあたりがオバァだわ。  お父さんもこんな感じで、子供の時にしつけられてきたのかと思うと、日々寝ないで仕事をする大天使長ってのが、誰でもこなせるような役職ではないことが分かる。 「もう、探す必要はなさそうですな。さてはネル様……人に見られては困るようなものを隠し持ってたりはしませんわな?」  そんなことだと思った。  もう、オバァに私物を吟味されるのはごめんだわ。 「ないない。さ、探し物に夢中になってたら、会議時間に気づかなくって」 「まぁ、どうせなかったんだろうね。それより、今さっき大天使長殿が神様に接見するように通達があったとか。どうしましょうね。娘の失態で大天使長殿に何かあったら……」  嘘……もう噂になってる!?  輪っか一つ失くしてたことで、神様が動くほどの大事件になってんの?  一体なんなのよこの天使の輪っかって!  ただの象徴、いやお飾りじゃない!  いやらしい目つきのオバァはさておき、なんかやけに外が騒がしい。  突然、廊下の階段を上がってくる、ものすごい数の足音が聞こえる。  勢いよく扉が開いた。 「ちょっと!あんた何してくれてんのよ!」 「上級天使が輪っかを無くすなんて、とんだ間抜けですわね!」 「あんたのせいで、私達上級天使全員のメンツが立たなくなったっての!!」 「おかげで噂を耳にした下級天使共が、神様に密告してんのよ! どうしてくれんの」  いつもの仲間が、今まで見たこともないような険悪な顔で怒声を浴びせてくる。  ちょっと待って。なんで下級天使が上級天使すっ飛ばして神様に密告なんかできんのよ。  そんな伝達ルートなんてあるの!?  そもそも、私達しか知らない事を、なんで下級天使が知ってんのよ……。 「いやぁ、これはこれは厄介なことになりましたなぁ……」  オバァは、フードの上から自分の頭を撫でる。 「これは、大神官のオバァ様。よりによってあなたのお孫さんじゃないですかぁ! ここは失礼を承知でいいますけど、今まで一体どんなしつけをされてこられたんですか!大天使長の娘さんだからって、あたし達もこれまで目を瞑ってきましたけど、さすがに言わせてもらいますよ!」 ミカは、ここぞとばかりに私を指さして、 「あんたいつも講義中に寝すぎ! いつも寝言ばっかりいってうるさいんだよ!お母さん……お母さん……ってさ! いつまでもお子ちゃま気分かよ! これだから権力者の家系って、生ぬるい二世三世のバカばっかりが量産されんだろうね!」 「ちょっと、ミカぁ。言い過ぎだって……」  オバァは、彼女らと私の間で微動だにせずに、それを静かに聞いている。 「すまないねぇ……出来の悪い子達で。元はといえばババの責任でもあるさね」 「どいてどいて! 上級天使達は列を開けなさい。大天使長がお目見えです」  怒号が飛び交っている天使の群れを割るようにして、お父さんがオバァの前で深く一礼をした。 「ちょっといいか?」  ドアが閉まり、天使達の群れは押し返されてしまった。  その大天使長の威圧感を前に、私は叱られる覚悟をした……。 「ネル。上級天使の輪が下界で目撃された。だが、まだ在りかは特定できていない……」 「私はじきに罰せられる。これは神からの勅令だ」 「そ、そんな……」 「下界に逃げなさい。天界に隠れてもいずれ見つかる」 「い、いやだ! あんな下等生物の人間が群がる場所になんて行きたくない!」 「これは、大天使長からの最終通達だ。ネル」 「どんな神の思し召しか分からないが、今は天使の輪っかがないおかげで、下界への神門で引き止められることもなかろう。半強制的に下界にはじき出される」 「そんな! じゃあお父さんは……」 「私は大丈夫さ。それはお前がよく知っているだろう……」 「い、いなくなったりしないよね? 死んだりしないよね!」 「あぁ」 「ほ、本当に?」 「本当さ」 「だって、私は眠らないんだから」  暖かいその巨大な腕に抱きしめられたまま、頬に涙が伝っていく。  こんなにも親との血のつながりを感じたことは生まれて初めてで嬉しかった。 「天使が死ぬか……、ネルよく聞いて。お父さんが子供の時、オバァが枕元で子守歌を歌ってくれた。ネルのお母さんもね。よく歌ってたんだよ」  その時の、聖母のように暖かい父の笑顔を忘れたくはなかった。 「ネル、向こうで早く輪っかを見つけるんだ。記憶がある内に――」  そうだ。私は、お母さんの記憶も失くしてるんだ……。  ★ 「あー、さぶっ!」 『今日の西日本は寒冷前線が下りてきて、かなり冷え込むとの予想です。次は雨雲レーダーが――』  あぁ……去年より寒いな今年は。  このボロアパートも立て付けの悪さとすきま風がひどくなる一方で。  電車が通る度に揺れるし、その度に湯呑が倒れてお茶がこぼれてしまう。  この二階の窓越しからの景色も、最初は田舎って感じがして、都会育ちの私には新鮮だったのに。  貯金もそろそろ底をつきそうだし、私もいずれあのホームレスみたいに一人さみしく世界の隅っこで眠ったように生きていくのかなぁ……。  そんな事を思いながら窓越しの高架橋の下を眺めると、いつもの女性が今日も空き缶を拾っている。  こんなに寒いのに、お金に換えるために必死に集めている。すごいわ……。  もしかすると、動いてた方が体が温まって寒さしのぎになるのかもね。  気づけば私も今年で三十五歳。明日は明日の風が吹くってね。  今のうちに、彼女に弟子入りでもしておいた方がいいような気がする。  話したことはある、何回かは。  挨拶に尾ひれがついた程度の会話だけど。   ――カチッ  あぁ、こたつの電源が切れた。  こうして、こたつで寝転んで天井を見上げるのも後、何回だろう。  誰もいない六畳の部屋に、水道から滴る水の音だけが静かにリズムを刻んでいる。 「一体、どうしてこうなったんだろう……」  私の人生って、一体なんだったんだろうって、最近はこれが頭の中で渦巻いている。  渦はどこまでいっても渦。  永遠に終わりのない螺旋。  これをどうしたら、掴めるんだろうかとか訳のからないことばかり考え始めている。  そういや、電気代払ってなかったんだ私。  電気が消えた部屋には、無音という音がシーンと底冷えのする部屋を支配していて。 「あ、今一瞬ついた……?」  夢か幻覚か分からないが一瞬、蛍光灯の明かりがついたような気がした。 『ドンドン、ドンドン』  その時、立て付けの悪いドアを叩く音が響いた。  こんな時間に誰だろ? 「天津さん、いますよね? 先月の家賃の支払いがまだなんですけど……いい加減払ってくださいよ!」  玄関横にあるキッチンの曇りガラスに、見慣れた人影が動いている。 「はい、分かりました。なるべくすぐ払うようにいたしますので……」 「ほんと、よろしくお願いしますよ!まったく。隣のお爺さんにしろ、2階の住人ときたら……」  あぁ……。  ついに、まともに生活費も払えない女に成り下がってしまった。  あぁ、神様こんなにもか弱くて、幸の薄い女がこの世にいてもいいものなのでしょうか。  いっそ、スパっと……この世の未練から解放して欲しいものです。  気づくと私は、こたつの上に立っていた。  両手には電源コードを握りしめ、それを首にひと巻き。コードは蛍光灯の傘の上に通して固定している。  そんな芸当を無意識のうちに繰り広げている私も、まだまだ見捨てたもんじゃない。 「こんなんで簡単に人間て死ねるのかな?」  死ぬ前の想いが、これか。  こたつの上で爪先立ちの両足に力をいれて飛んだ。  でも……こんな時でも、神はそれさえ許さない。  窓越しのホームレス女とちょうど目が合ってしまった。  女は必死に何かを叫んでいる。  でも聞こえない。  声は、電車の音でかき消されるだけ……。  そして、女がなにかをこっちに向かって投げ放った。  窓ガラスが割れる音と同時に、何か重いものが畳を転がる音がする。  その拍子にグラついて、こたつから足が完全に外れた。 「うぅ……」  部屋がゆっくりと揺れる。  いや、揺れているのは私だ。  死ぬ瞬間って、思ってたのと違う。  なんか、これは最高に気持ちいい……。  次第に霞んでいく意識の中、ホームレス女が投げ入れた物が視界に入っては消える。 【あなたは、一人じゃないのよ】  畳に転がっている、石の入った薄汚れた枕カバーらしきものにはそう書いてある。  視線を戻すとホームレスの女はこっちを向き、赤いスカーフを手で振りながら不気味に笑っていた。  突然、外れそうな勢いでドアを強く叩く音がした。 「天津さん! 天津さん! 開けてください!! 窓ガラスが割れる音がしたんですけど、どうしたんですか? 開けますよ!」  ドアが開らいたと同時に、天井から釣り下がった蛍光灯ごと、畳に体が跳ねるのが何となく分かった。  大家さんらしき人が、必死にコードを解いているのだろうか。    朦朧とする意識の中、目の端に映り込んだのは……。  赤い服の家族写真と鏡台に映った自分の姿。  明滅する割れた蛍光灯を頭に乗せたまま宙に浮かぶ私だった。  その時、やっと気づいた。  これは、私の人生じゃなかったんだって。  この割れた蛍光灯って……。  ★ 「それで、この部屋の住人の女性は消えたと?」 「いやぁー、大家さんご冗談はこまりますなぁー。ほら、うちら一応警察じゃないですか。公的な機関なんで、いたずら目的で通報やられちゃうと迷惑なんですわぁ」 「ですからぁ、本当なんですって! ほら、身分証のコピーとかもありますから!」 「またまたぁ、ただの夜逃げでしょ。家賃滞納してたそうじゃないですか。今の世の中じゃ珍しくないですよ」 「いや、でも――」 「大家さんも昼寝してたんでしょ。夢ですよ夢。では、調書はとりましたので、私たちはこれで――」 「――あの………お巡りさん、ちょっといいですか」 「ん? なんだ、そこのホームレスじゃないか」 「これを大家さんに渡したくて……」 「あん? こんなガラクタをね、大家さんいりますか?」 「そ、それは、妻の形見の髪留め!?」 「あなた、一体? 妻のことを知ってるんですか?」 「そうね。あなたと出会う前のね」 「どういうことなんです? なんであなたがこれを――」 「ずっと前に失くしたでしょ。ちゃんと取り返してね」 「え?」 「ねんねんころりよころころりー。天使はよい子だねんねしなぁ……」 「その子守歌……」 『本日昼頃、夢見駅の人身事故の影響でダイヤに大きな乱れがありました……』 「あんたさぁ、知ってる? お昼の人身事故」 「あー、高齢の親子が心中したんじゃないかってやつね……あれ、うちのアパートの大家さんらしいわよ」 「ええっ! 世間は狭いわねぇ……何でそんな事に」 「元々変な噂があってさ。アパートの二階の誰も住んでないはずの部屋に、たまーに電気がついたり消えたりしてたんだって。それも真夜中よ、真夜中!」 「いやぁ! こわっ。私、無理無理! 大家さんも気を病んでたのかしら」 「あの部屋っていわく付きなんだよね。こないだも人が消えちゃったし、もっと前には若くして亡くなった大家さんの娘さんが住んでた部屋だったんだって」 「えー、三上っち……あんた、そんなとこに住んで大丈夫なの?」 「気味悪いでしょ? でもね、住んでても怖さなんか全然感じないのよ、これが」 「なにそれ……それで大家は誰かが引き継ぐのかな?」 「さあね、なるようになるとしか……そんなことより早く帰るよ。チビ共が腹すかせて待ってるんだから!」 「はいはい。子供ってどんな時も天使だもんね」  ★ 「ただいま。お父さん、やっと帰れたよ」 「よく頑張ったな。下界は辛かったろう」  お父さんの大きな手は、前より温かい。 「お嬢様、遅いお帰りで。ババは待ちくたびれましたよ。で、失くし物はそれかい?」 「うん!」 「どれどれ、ずいぶん汚れてしまっとるのう。ちゃんと光るように手入れをしてやらんと」  オバァは大事そうにその輪っかを抱きかかえて、廊下に姿を消した。 「えー、それでは上級天使の皆さん。今日は大天使長の休息日です。ですから、神様から直々に掟の再教育がなされます。」 「よろしくお願いいたします。」    それでは、誰もが忘れさせられている天使の輪っかの掟を教えます。  輪っかは被ってる間の記憶を記録するメモリーです。  眠る時外すと、一日の記憶がバックアップされて頭から消える。  これは、夢で下界の人間に記憶を奪われないためです。  上級天使は天界の出来事を忘れることが使命。  これも、下界の監視役である天使達の秩序が乱されないための決まり事。  だから、天界は同じ毎日を繰り返しているとも言える。  その理の外にいて、安定した統治を目指すのが大天使長。  そして、大天使長は眠ることを許されない。  常時、天使の記憶全てをバックアップするからよ。  だから、時には眠るために輪っかを交換することもある。  上級天使の輪っかとね。特に血縁関係のある輪っかが適合しやすいの。  その天使の休息日が今日。  そして今、次期大天使長の後継者が戻ってきました。 「ネル。不眠の適正合格だ。下界ではまともに寝ることさえ出来なかったんだね。これでお父さんも安心して、ゆっくり寝れるってもんだ」 『ねぇ、あなた。あの人、私の記憶もどうやら手放したみたいね』 「そうか……ふぅ」 『ネル、この天使の輪っかはお返しするわね。機転のきくお父さんに感謝しないとね』 「お父様、神様……ありがとうございます」  神様から受け取った天使の輪っかには、ネルの刻印と赤い髪留めが添えられていた。 「ひぃぃ! なんで! なんでじゃぁ」 「新鮮な若い記憶がまったくないじゃないか。い、いや、これはワシの輪っか……」 「ねぇオバァ、私の部屋で何してんの?」 「これは、大天使長ネル様。先ほどの輪っかは一体……」 「オバァが失くしてたんでしょ。見つかってよかったね」 「…………」 「こりゃ、まいったねぇ。ネル様、一つ聞いてもいいですかな?」 「お父さんの輪っかはどこにやったんだい?」
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