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女だったら
「す、好きだったらダメですか」
予想外の返しに自分が一番びっくりした。ズバってミットをめがけて来た直球には直球で返さなきゃ…と無謀にも思ってしまったのだ。
「いや、いいんじゃない」
えっ、意味、意味不明。いいって何がいいの?
余りにもあっさりとした返答に困惑した。しかも肯定かよ。
飛騨は大混乱の僕を置き去りにして部活に行ってしまった。
なんだよ、このふわふわした気持ち。糸が切れた風船みたいに、どこかへ飛んで行ってしまうようで怖いよ。糸を切ったヤツが捕まえろよ。責任取れよ。
兎に角、帰らなければとカバンを持った。
校門に向かうはずが足が勝手に体育館に歩を進めてしまう。
体育館の近くに行くとバッシュの靴底がキュキュと床に軋む音が聞こえてくる。ドリブルのバムバムの音が大きくなってくる。出入り口には数人の女子がバスケット部の練習を見学していた。
僕が女子だったら、あの中に混じって熱い眼差しを届けられるのに。キャーって叫びながら雄姿を瞼に焼き付けるのに。
なんで僕は男なんだろう、僕は飛騨の隣にいたいだけなんだ。
アイツの隣でアイツの肩に触れ、出来れば自然に腕を絡めて、アイツの声が聞きたいんだ。
飛騨が華麗にシュートを決めると、こちらを振り返った。
きゃぁーと地鳴りみたいな歓声が上がる。前にいる女子たちが、ちょっと小躍りしたり手を振ったり大騒ぎである。
「ねぇ、今こっち見たよね。なんか微笑んでなかったぁ」
うわぁ~とか言って勝手に盛り上がっている。
なんか次元が違うなって感じがする。飛騨はチヤホヤされても、至ってマイペースで天狗になることもない。紺のブレザーを着て真面目に通学する普通の高校生だ。だけど、同じ制服を着ていても僕とは何もかもが違う。違い過ぎる。
校門へとトボトボ歩き出した時である。
見学の女子の歓声がひときわ高く上がった。何が起こったのかと振り向くとバスケットボールを片手に飛騨が群がる女子をかき分けていた。
「ちょっと待ってろ。すぐに着替えてくるから」
手をメガホンみたいにして叫んでいる。
いまなんて言ったの?もしかして呼び止める相手を間違えたとか。
ボケーっとしていたら、飛騨が体育館横の通用口からあらわれた。
着替えると言ったのに、ユニホームにジャージの上下を着ただけじゃないか。
軽く手を上げてこちらに向かってくる。
僕に手を上げたの?他に誰もいないので間違いがない。
まったくもって状況が呑み込めない。
飛騨が僕に手をあげて合図するの?待ってろなんて言うんだ。
小走りに僕に追いつくと、自分の着ているジャージの腕を鼻に近づけた。
「ごめん、汗臭いからちょっと離れるわ」
何言ってるの、その体臭を巻きつけて家に持って帰りたいよ、なんて言ったら、さすがに変態扱いされるので、その願望は胸の内に止めておかなくちゃ。
「部活、途中で切り上げちゃっていいの?なんか用事?」
「ああ、足をねん挫しちゃって病院に行く。もうほとんど良くなってるんだけど、試合に出てもいいかの最終確認。まっ、ドクターストップでも強硬するけどね」
「バスケ好きなんだね。僕も飛騨のバスケやってるの見るのが楽しみだから、応援してるよ」
「そうだ、今度の試合見に来いよ。市民体育館で地区予選やるからさ」
「僕なんかが行っても…」
「応援は一人でも多い方が心強いから来てよ。俺が招待する」
あまりの急展開に心も体も追いつけない、どうなってるの。
「時間があったら行くよ」
平静を装い素っ気なく言ったけど、帰りのバスで3つの区間を乗り過ごすほど動揺していた。アイツが僕を試合に招待したんだぞ、なんてことだ!
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