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空を目指した少年
人は、空を求めた。現在、その願いは叶い。我々は空に鉄を浮かべ、飛んでいる。これは、翼を持つ者と持たぬ者が存在する世界。空に憧れた、無翼で、無力な少年の話。
少年は倉庫で目を覚ました。目元を擦り、顔を洗いに向かう。
「ふう……」
一息つくと、倉庫の布を被ったものに目を向ける。
「よしっ!」
布をバサリと取り去り、その中身に目を向ける。そこには、鉄色に輝く翼があった。
「ま~だそんなの作ってたんだ?」
外からの声に振り返ると、見慣れた顔があった。
「ミソラ……」
銀髪の髪、白い肌、紅の瞳。そして、純白に輝く翼。まるで天使のような、美しい少女だった。
「何のようだよ」
「また有翼人のこと羨んで真似してるみたいだからさ」
この世界には、二種類の人間がいた。生まれつき翼のある《有翼人》と、生まれつき翼のない《無翼人》である。
有翼人は言葉を話す頃には自然と飛べるようになるが、翼のない無翼人は一生飛ぶことはできない。
そして、殆どの有翼人は、無翼人のことを蔑んでいた。
「有翼人さまがこんなところに何のようだよ?」
「そんなこと言わないの。ほら、差し入れ」
そう言って少年にパンを放り投げる。少年は上手くキャッチし、自身の口に運ぶ。
「どう? 美味しい?」
「まあ、美味いけど?」
「よかった~! それ、私の手作りなんだ~」
「ペッ!」
「あ~! 何で吐いた!?」
「それで、用件は?」
倉庫の隅で踞るミソラに声をかける。
「鉄製の農具、各10本だって」
「了解」
「ごめんね、ツバサ」
「なんだよ、急に」
「貴方にばかり辛い役目を押し付けて」
ツバサと呼ばれた少年は、唇をニヤリと吊り上げ、踞っているミソラの頭を撫でる。
「きゃっ! な、なによ!」
「おまえが気に病むことじゃない。それに、鉄の納品の代わりにここの設備使わせてもらってるんだから、お相子だ」
そう言って、ミソラの髪をワシャワシャと撫で回すと、倉庫の奥の釜に火をつける。
「ツバサも変わり者だね。鉄の製錬なんて、誰もやりたがらない仕事なのに」
この時代、鉄はまだ量産出来ない貴重品であり、有翼人だけが使用できた。そして、鉄の製錬は、時間が掛かる上に、暑く、苦しい仕事だった。
「俺も食ってかなきゃいけないからな。この仕事、けっこう収入良いんだぜ?」
「でも、ツバサ独り身でしょ? それに、もっと楽で収入の良い仕事なんていくらでも――」
「ミソラ!!」
突然ツバサが叫んだ。ミソラも肩をビクリと震わせる。
「これが俺の夢の一番の近道なんだ。それ以上は踏み込み過ぎだ」
「ご……ごめんなさい」
「……」
「……」
しばらく、二人の間を静寂が包む。
「そういやおまえ、協会に行かなくていいのか?」
「あっ! そうだった! ごめん、じゃあまたね!」
そう言ってミソラは翼を羽ばたかせて飛び立つ。その姿をツバサはこっそりと、しかし、しっかりと見ていた。
「やっぱ、カッケエな……」
この世界にも、一つだけ宗教は存在していた。そして、それは無翼人の殆どと、有翼人の一部が信仰していた。名は《天使教》。教えは、「本来は皆無翼人であり、そこから選ばれた者が有翼人となり、更に選ばれた有翼人はいづれ天使となる」。
噛み砕いて説明すると「有翼人を持ち上げつつ、無翼人も蔑まない。その上で、有翼人に上を目指させる」というものだ。だが、教えなんて本当はどうでもいいのだ。信仰している無翼人は、殆どが、配給目当て、有翼人は、心から優しい奴か、「虐められてる無翼人に手を差し伸べる自分優しい!」と、自分に酔いたい者。あとは、政治的にバックボーンが欲しい者ぐらいだ。
ツバサは信仰していなかったが、ミソラは心から信仰していた。
(ま、あいつは人一倍優しいからな……)
そんなことを考えながら、ツバサは仕事に取り掛かった。
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