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絶奏Ⅰ:「TSF防衛アイドルユニット出撃!」
その世界。その地球は、未知の存在の脅威に侵されていた。
ある日。突如として世界各地に現れた正体不明の存在。生き物の特徴と機械の特徴を併せ持つ、未知の機械生命体。
オブスタクル《Obstacle 人類にとっての‶障害〟》と名付けられたそれ等は、その目的も行動指針も不明なまま、人類文明に牙を剥いた。
多くの国が、土地が、強大な力を有するオブスタクルの手に掛かり、人々は住まう故郷を追われ、そして尊い命が犠牲となった。
人類は。各国、各組織はその持てる力を持ってオブスタクルに立ち向かったが、侵略者のその巨大で凶悪な脅威を前に旗色は極めて悪く。
日に日に疲弊し、未来は暗く閉ざされたかに思われた。
――しかし。
人類の内より現れた、〝ある存在等〟が。そこに光を差した。
それは、その身にある〝特性〟を宿す者等。
その身に秘める思いを、力へと。刃へ、剣へと昇華する事のできる者等。
これは、そんな〝彼等、そして彼女等〟の物語――
日本国。
その首都圏に近いある地域の上空。
広がる街並みの上を、バタバタという異音を立てて。そして2組計6枚の翼を回転させて飛び掛ける飛翔体――ヘリコプターの姿が在った。
正式名称、KV-107ⅡA-5 救難ヘリコプター。通称、バートルの名で呼ばれる大型ヘリコプター。
日本国の保有する航空戦力組織、〝航空任務隊〟に所属する機体だ。
そのKV-107の機内。内部空間の大半を占める貨物室。
本来であれば多数の人員、あるいは物資を積載可能なスペースは、しかし今はがらんと開けている。そしてポツポツとその各所には。思い思い、好き勝手な場所で立ち構え、あるいはシートに座している人影があった。
見える人影は、計5名の男性のもの。
いずれも、熊笹を模した荒い迷彩を描く。もしくはそれよりも細かく迷彩を描く、迷彩戦闘服を纏っている。これ等は迷彩服1型、並びに迷彩服2型と呼ばれる被服装備であり、日本国の陸上戦力組織である〝陸上任務隊〟で配備運用されているもの。
すなわち、それを纏う彼らがその所属である事を――陸上任務隊の隊員である事を示していた。
その内の、貨物室後部のランプドア付近に居る一名。
年齢30歳ほど。180㎝近い身長を持ちながらも、同時にどこかスマートな印象を受け。そして一際目を引くは、尖った目元瞳の中に見える、まるで氷のように冷たい眼を持つ。そんな男性隊員。
不安定に揺れる機内で、しかし何でもないように平然と立ち構えている。
《――香故二曹》
そんな彼の耳が。装着するヘッドセットより響いた声を聴いた。
ヘッドセット越しの声の主は、救難ヘリコプターKV-107のコックピットで操縦を預かる、機長からのもの。そして紡がれ聞こえたそれは、名前と陸上任務隊の階級。どちらも他ならぬ、冷たい眼の彼のものであった。
《まもなく到着だ。入った情報によれば、防衛線は際どい状況らしい。一部は瓦解しかけているそうだ》
その彼――香故の耳に、続け機長からの言葉が届く。その声色には、通信越しにも少し苦い様子が感じ取れる。
「了解。なら、こっちで〝やります〟」
しかし一方の香故は、引き続きの冷たい眼、表情のまま、端的に淡々と、そんな一言だけを返す。
《頼もしい限りだなっ。備えておけ、荒っぽい展開になるぞッ》
それに対して機長からは、どこか皮肉気な声が返り。そして同時に促し念を押す言葉が寄こされ、そして通信は終えられた。
「聞いたな?」
寄こされた通信を聞いた香故は、それから貨物室内に視線を向け、その各所に居る他の4名に向けて声を発する。
「町湖場」
そしてまず、一番近場でシートに座す一名を見、名前らしきそれを紡ぐ。
そこに在るは、身長190㎝を越えていると思しき巨漢。日焼けし褐色に彩られた肌と、厳つい顔立ちが特徴な、一見朴訥そうな雰囲気の20代前半の男性。
袖には陸士長の階級が見える。
「了解っス」
その町湖場と呼ばれた彼は、しかしその厳つい朴訥そうな顔に、反したニカっとした笑みを浮かべて軽い調子で返事を返して来た。
「宇桐」
香故は続け、その先の奥側に座すまた別の隊員に声を飛ばす。
見えるは身長160㎝程、男性としては小柄よりの隊員。覗き見ればその程よく小麦色に焼けた顔立ちは、中性的で可愛らしく、美少年とも形容して差し支えないそれだ。隊員としては少し長いショートカットも、それを彩っている。
歳は20代前半程で、陸士長の階級章が見える。
「了解ですっ」
宇桐と呼ばれたその美少年隊員は、八重歯をのぞかせる少し悪戯っぽくナマイキそうな顔で、そんな軽快な返答を寄こす。
「ウラジア」
さらに香故は、今度はコックピットの近くで、立ち姿勢で機内の壁に背を預ける隊員に声を飛ばす。
身長は180半ばで、迷彩服越しにも鍛え上げられた体躯が良くわかる。しかしより目を引くは、目立って白いその肌と、堀の深い顔立ち。白髪に、そして幻想的なまでのその碧眼。
隊員は、ロシアの血を引く混血の男性であった。
30歳ほどで、襟には三等陸曹の階級章が見える。
「あぁ、了解」
ウラジアという名のそのロシア系の隊員は、容姿に反した静かな声色で、返答を返す。
「田話さん」
最後に香故は、貨物室の中ほどのシートに座す隊員に声を掛ける。
身長170後半程の、少し険しい顔立ちが特徴の男性。同時に少し疲れたような顔色が覗く。
年齢は30代半ば程か。襟には三等陸曹の階級章。
「了」
田話と呼ばれた彼は、何か浮かない様子の顔で、端的に返した。
「いいだろう、準備しろ」
四名からそれぞれの返答を聞いた香故は、それを受けてまた変わらぬ冷たい声色で呟き。そして各々へと促した――
首都圏郊外。
街並み、建造物が閑散となり始め、山間部との境目になっているその一帯。
そこには陸上任務隊の防衛線が構築されていた。それは、突如として首都圏近くに出現した、人類の敵――オブスタクルを待ち構え、撃退するためのもの。
しかし、現在その防衛線は、崩れつつあった。
強大な力と物量を誇るオブスタクルに対して、任務隊側は果敢に戦い抗ったが、その限界が見え始めていたのだ。
《――戦闘団主力は予備防衛線までの後退を完了、再構築しつつある。これ以上の遅延行動はいいッ、正面の第1中隊も退避を――!》
防衛線一帯の一点。そこに、横転し行動不可能となった1/2tトラックが見える。その車上に搭載された無線機からは、通信音声がノイズ交じりに響き零れている。
「……っ!」
そんなトラックのすぐ傍に、流れる無線音声を聞きつつ動く、二人分の人影があった。
一人は二十代半ばの女性。ショートボブの髪の下に、端麗な顔が覗く。
そしてその女性に肩を貸され支えられる、一人の男性。三十代後半と見え、なかなかの修羅場をくぐって来たのだろう、精強な顔立ちが見える。
纏う迷彩服2型。そして男性の着ける三等陸佐と、女性の着ける二等陸尉の階級章が、その二人が陸上任務隊の隊員である事を示していた。
「中隊長、大丈夫ですかッ?」
「あぁ、すまん……ッ」
二尉の女性より掛けられた、焦り心配する声に。三佐の男性は少し苦し気な様子ながらも、問題無い旨を返す。
二人は、この防衛線に配備された一つの普通科中隊の。その中隊長と補佐官であった。
状況悪化から、主力部隊を後退させて防衛線を再構築する事となった際。彼等の属し率いる中隊はそれまでの敵の足止め、殿を担う事となった。
そして先程、防衛線の再構築が整い。その間のオブスタクルを足止めする役割を果たした中隊にも、後退命令が来た。
しかしその後退行動の最中。ギリギリまで残り陣頭指揮を執っていた中隊長達を、オブスタクルの攻撃が襲い。
彼等は今の状況に陥ったのであった。
「まずいな、車輛が……ッ」
「どこかに回収応援を……ッ!」
車輛を失ってしまった二人は、そこから離脱する別手段を講じる言葉を交わしかけた。
――しかし。
その時その二人を、巨大な影が。そして気配が差し、襲った。
「ッ!」
「……ぁ」
感じたそれを辿り視線を向けて上げ。
そして中隊長はその顔を険しく顰め、女二尉は思わず小さな声を漏らした。
二人の前に現れあったのは、巨大な存在。
多数の、虫の物とも軟体生物の物ともつかない足を持つ。蜘蛛とも蛸とも形容しがたい、禍々しい生命体のような物体。
全高は6~7m、全幅は30m近いか。
そして一見生命体のように見えるその存在の、しかし各所に見えるは、明らかな人工物――機械のような箇所。
それは、火器だ。
機関銃や砲と思しきそれから、何らかの発射機と思しきそれまで。人類が作り出した火器火砲に、極めて類似したそれ等が、その存在の体の各所に覗いている。
生物と機械の特徴を併せ持つ存在。人類の敵――オブスタクル。
その内の一種の個体が、二人の前に現れていたのだ。
それだけではない。周辺には、多種多様な形態特徴を持つ何体ものオブスタクルが、二人を囲い包囲し始めていた。
「――二尉、お前は逃げろ」
自分等を見降ろす凶悪で強大な存在を見上げつつ、中隊長がそんな言葉を絞り出したのは直後。
「は、何をッ!?」
それは自身をその場に置いて、二尉へ逃走を促す物。しかしそれを受けた二尉は、目を剥き戸惑う声を上げる。
「俺が囮になる、その隙に逃げろッ!」
「そんな、ですが!」
「命令だッ!」
指示に対して抵抗を見せる二尉に対して、中隊長は有無を言わせぬ気迫で畳み発する。
だが。
そんな二人を小賢しいとでも言わんばかりに、まとめて潰してやらんとでも言うように。目の前のオブスタクルは、瞬間にその巨体を大きく動かし、二人に向かって襲い掛かった。
「ッ!」
「ッぅ!」
襲い来たそれを見、中隊長と二尉は、これまでかと覚悟を決めた。
――大きな爆音が、そして爆炎が。
オブスタクルのその巨体で上がり、巻き起こったのはその瞬間であった。
「――!」
「――ぇ?」
突然の事態に、中隊長と二尉は驚き目を剥く。
その突然の事態にさらに続け。風を切り裂くような音を響かせ、いくつもの飛翔体が頭上の低い高度を飛び抜けて言った。
「……UAV?」
頭上を飛び去ったいくつもの飛翔体を視線で追いかけ見て、二尉は思わず言葉を零す。現れた飛翔体は、いずれもUAV。無人航空機であった。
「っ!」
唐突な事態に持って行かれていた二人の目と意識は、しかしそこでさらに増えた気配。現れた影へと引かれる。
見れば、中隊長と二尉の前。二人とオブスタクルの間には、双方を遮り立ちはだかる様に、一人の人影が立っていた。
そこに在ったのは、一人の男性の姿。
纏う熊笹柄の迷彩服1型から、二人と同様に陸上任務隊の隊員である事が分かる。
しかし少し妙なのは、その格好装備の軽装さだ。
中隊長達も含め、防衛線に参加した隊員は基本的に完全装備であったのに比べ。その男性隊員は服装こそ迷彩服であるが、弾倉入れ等を始めとする装具類をほとんど身に着けておらず、どころか鉄帽すら被っていなかった。
「いつの間に……き、君!どこの部隊だ!?」
唐突に表れた所属不明の、そして少し異質な隊員に。二尉は少し戸惑いつつも、問う声を発して向ける。
そんな問いかけを受け、男性は半身を捻り振り向く。
振り向き見えた迷彩服には、二等陸曹の階級章が。そして名札には〝香故〟の名字を表す刺繍文字。
そしてその目元に見えたのは、まるで氷のように冷たい瞳。
男性は、冷たい目と雰囲気を持つ隊員――香故であった。
「後で。優先がある」
その香故は、二人を振り向き静かに見ると、端的な言葉で淡々とそんな旨を告げる。
「何を……ッ!?」
香故から告げられた言葉のその意図がしかし掴めず、二尉はまた訝しむ声を返そうとした。だが、それよりも先にその向こうに見えた光景がそれを遮る。
それは先の、対峙したオブスタクル個体。
爆炎を浴びたはずのオブスタクルは、しかしその身に支障をきたした様子はまるでなく。逆にそれがオブスタクルの神経を逆撫でしたのだろう。その多数ある恐ろしい眼で、眼下に現れた香故を凝視し。
そして彼を叩き潰さんと、その巨大な脚の内の一本を、思いっきり振るい上げた。
「君――ッ!」
それを目にし、中隊長は思わず叫ぶ。
――その音色が聞こえたのは、その瞬間であった。
「――?」
聞こえたそれは、曲。音楽。
静かで、そして儚げに奏でるようなそれ。
微かに聞こえ始めたそれは次第に大きく明確な物となり、周囲一帯に響き始める。
中隊長と二尉が不思議に思い視線を頭上に上げれば、真上上空で先に現れた複数のUAVが旋回を始めていた。音楽の発生源は、どうにもそのUAV。
そして視線を再び下げれば、先のオブスタクル個体も、音楽の影響かその動きを止めていた。
「始める――」
そんな周囲のそれぞれを他所に。
香故だけは淡々とした様子で視線を前に向け、立ち構え、そして端的に一言を紡ぐ。
同時に、静かに流れていた音楽は、その曲調をアップテンポのものへと変え。
――瞬間。香故の身で、〝それ〟は起こった。
香故の体の足元周囲で、淡く眩い発光現象が発現。かと思えば次の瞬間に、それは光のリング、ベールを作り、香故の体を足元より包み登り始めた。
驚くべきは、それに伴い見えた香故の身の〝変化〟。香故の体は、光のベールを潜ったその個所から、変貌しその姿形を変えた。
真っ先にベールを潜った足先は、男性の鍛えられた物から、細くも滑らかな線のそれに代わり。次にベールを潜った腰や腹部は、また男性の強靭なそれから、程よい膨らみやくびれを作るそれへと変わる。続きベールを潜った胸筋は、美麗な形を維持しながらも豊かな乳房へと変わり。そして最後にベールを潜った頭部は、男性の武骨なそれから、小顔で大変に整った、美女と言っても過言ではないそれに変貌し。さらにそれを彩る様に、それなりの長さであった黒髪は、色はそのままに尻まで届く長さの美麗なものへと変化する。
香故の身を下から上へと通過し切り、そこをもって光のベールは消失。
そしてそこに現れたのは、一人の女性。
年齢は20代前半か、身長は160㎝後半。長い黒髪を携え、その一部をポニーテールに結った、完璧なまでの美女。
しかし、その前髪の元に見えるは、それまでそこに居たはずの香故の物とまったく同じ雰囲気を醸し出す、氷のように冷たい瞳。
それも当然だ。
光のベールを抜けて現れた美女は、香故がその姿外見を、男性から女性へと変化、性転換させた存在。
すなわち、まったくの同一人物――香故、張本人であったのだから。
さらに変化は、香故自身の身体だけに留まらない。
香故の纏っていた服装もまた、武骨な迷彩服1型から大きく変貌。
胸元や腹部を露出する上衣に、胸元を可愛らしく彩るタイ。繊細な腕を覆う長い手袋。丈の短いホットパンツに、特異なカットで意匠を施したニーハイソックス。美麗な黒髪をリボンが彩り、また腰部にも大きく少し凝った造形のリボンがユサリと揺れ彩る。
その姿は、まるでアイドルのよう。
そして、形だけ見れば武骨な陸上任務隊装備とかけ離れたように見えるそれだが。
色合いは緑を基調とする、陸上任務隊の制服と同色の物を用い。肩章の金色モールや、襟の階級章等、陸隊の特徴を意識した意匠が、その服装の各所に見られた。
「――……〝フォース……パフォーマー〟……?」
驚くべき変化変貌を見せた香故の姿を目の当たりにし。それを見た背後の二人の内、二尉が何かそんな名称を発し零す。
一方、その身の変貌を完了させた香故は。一度瞑っていたその眼を開き、そして見上げ対峙するオブスタクルを睨む。
そのタイミングで、UAVから流れ聞こえていたアップテンポの曲調が一度静まりを見せる。実は、ここまでは前奏。
そして音楽は本奏へと突入。
「――――――」
同時に、それに合わせて。香故は片手を胸元に添え、その艶のある口を静かに開き。そして歌声を奏で始めた。
それは、まるで氷のように冷たく透き通り。しかし同時に美麗で麗しく、聞いた者を虜にせんまでの歌声。
「――――――」
その歌声で紡がれるは、確固たる意志の元に大空へ羽ばたく事を訴える歌。たとえ道が途絶え、その身が砕かれる程であっても、飛び掛ける夢を潰えさせてはならない事を訴える歌。
「――――――」
香故はそれをその独特の歌声に乗せ、静かに訴えそして語り掛けるように、並べ紡いでゆく。
「――え?」
「何?」
目の前で起こった驚くべき現象に、驚愕していた中隊長と二尉だったが。二人はそこで、また別のある変化に気付く。
対峙するオブスタクル個体、それに見えた異変だ。
オブスタクルは振り下ろそうとしていたその脚を引き、さらにはその巨体を後退させている。まるで対峙した香故に、その歌声にたじろぎ、臆するように。
そしてそれは目の前の一体に留まらない。周囲に並び中隊長等を囲っていた、その他何体ものオブスタクル達も、一様に同じ姿を見せていた。
その異変が、香故の歌声に起因するものである事は、想像に難くなかった。
「――――――」
そんな中、香故は対峙する一体のオブスタクル個体をまっすぐ見据え。
続き、UAVが流す音楽に乗せて、歌声を並べ紡ぎ奏でる。
その歌声に割り居るように、何か荒々しいバタバタという音が聞こえ来たのはその時。
そして香故等の背後から、巨大な飛翔体――KV-107救難ヘリコプターが飛来。轟音を響かせ、真上を飛び抜けて、その先で旋回を始める様子を見せた。
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