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夏だぜ!
セミたちがそう言ってる。
この世で生きているぞ!と精一杯声を。
誰かに何か伝える声。
セミの声は愛の言葉と思えば、うるさくは聞こえない。
梅雨明けしたばかりの。
夏だ。
暑い。
まだ夏休みは始まらない。
みんなソワソワし始める7月の終わりの頃、
17才の夏。
そろそろ進学やら就職やら、
何やらの自分の未来をどーしたらいいの?と思いながら、
そんなことより夏を楽しまないと、
来年は、夏が来たのかわからないくらい、
自分が何者かわからないのに、
何も見えない未来のことで悩むだろうから。
もちろん、
おれにも夏は来た。
彼女なし。
バイトしなきゃ。
自分の未来は、
夏の終わった自分に託すことにしよう。
先送りと言わないでくれ。
まだ、自分が何者かを探してる最中なんだから。
あんまり変化のない毎日だけど、
梅雨の始まりの頃、
献血カーが学校に来た。
今年から献血できる年齢が男子は17才になった。
6月、
高校2年で17才は少ないから、
成人を迎える3年がメインになるんだけどね。
おれは5月生まれ。
社会貢献のために献血することにした。
ジュースもらえるし。
自分の体にこんなに赤い血があること、
びっくりした。
ジュースをもらってバスを降りる時に、
ちょっとは社会貢献できたこと、
少し大人になったようで、
なんだか胸がワクワクした。
「新学期、転校生来るって。」
どこから情報を仕入れてくるのかわかんないけど、
中学からずっと同じクラス…
腐ってる縁の
圭が言う。
情報戦に秀でてる…
攻殻機動隊の素子か…
ネットワークの濃さに情報が集積されるんだろう。
圭って、
中学一年で同じクラスになった時から、
中学も高校もずっと同じクラス。
高校2年で同じクラスということは、
3年ではクラス替えはないからこのままだと、通算6年同じクラスになる。
もはや、
呪いなのかな。
呪われてるのか腐ってる縁なのか、
いつも一緒にいる。
圭は、
学校の中心にいるような女の子。
先輩にも同級生にも後輩にも一目置かれるような。
結構、背が小さい。
おれの肩くらいの身長。
ショートカット。
ちょっと尖った顎。
いつもおれを、みあげてる。
おれの好きな江戸川乱歩風に言うと、
成績優秀、眉目秀麗、人もよい。
おれみたいなのといつも一緒にいるのがよくわからない。
ずっと一緒だから、
もう幼なじみみたいに距離感バグってる圭は、
おれの椅子に半分座ってる。
腕がおれの腕に触れてる。
いつも近いのが圭。
おれは半分以上、尻が場外だ。
子猫みたいな目が近い。
笑う顔にエクボ。
「圭(けい)、近いよ。
そんなに近くにいるとアオハルセクシービームで妊娠させちゃうかもよ?
空気妊娠したら大変だ。」
ヒマワリみたいな笑顔で、
「時の子供なら何人でも、うみたい。
最低でも5人は育てたいかな。」
そんなセクハラギリギリと言うか、
普通は女の子に言っちゃいけないことを言える関係。
クラスの連中は見慣れた光景で、冷やかしもしない。
付き合ってるみたいに思ってるみたいだけど、親友みたいな存在。
おれは時という名前。
変な名前だけど、
圭はすごく気に入ってくれてる。
圭の苗字が土岐だからかな?
中学の時に初対面で初めて言われた言葉が、
「わたしのお婿さんになって。
土岐 時 (とき とき)なんて絶対に面白いから。」
面白いか面白くないかで言ったら、
すげー面白い。
初対面に人に、ときときですって言ったら…
絶対にびっくりする。
一生、そんな面白いことがあるっていう。
うーん。
面白さで婿になったらダメだ。
それに、
圭の家は…
とてつもなく…
うちの親は婿に行きなさいと言う。
おれは、
圭のことは、
何だかわからない存在。
友達として好き。
と、
しておく。
性別を感じさせない楽さがある。
女の子を思う好きとは違うんだと思う。
………で、ごまかす。
圭をオカズにしたことはない。
それが大事な答えだと思うのだ。
神聖なものって言うか、
そんなことしたら、圭とちゃんと向き合えない気がする。
青春ブタ野郎の言葉だと思って、忘れて。
「ねぇ、
時、
放課後、
家に、
来る?
部活(写真部)、
行か、
ないんでしょ?」
圭は家に誘う時はなぜか言葉がコマ切れになる。
息切れしてるみたいなニュアンスね。
なんかもう目がクルクルで言うもんだから、いつもおれ、きっと目が笑ってる。
近すぎて、
おれの目の前5センチくらいに圭の目がある。
もう、息が触れ合い回線みたいな距離で。
圭は、さっきからなめてるミントキャンディーの匂いが近すぎる。
そして、
圭は早口で、
「とーちゃんが、
ガンプラの作り方教えて欲しいんだって。」
圭のお父さんはかなりイケてるお父さん。
バイクが、NRとRC30乗ってるけど、
一番好きなバイクはスーパカブC100だと言ってる人。
車は、それはもう大変な車ばかり。
なんでかおれを気に入ってくれてて、
プラモ作り好きなおれに影響されてガンプラにハマりまくってる。
圭のお父さんも何でも言える人だ。
「それと、
かーちゃんがギターの弦交換手伝って欲しいって言ってたよ。」
おれがたまたまギターを持って圭の家に行って、ちょっと弾いてみたら、すっかりギターにハマってる圭のお母さん。
圭のお母さんは、
ホワンとした人だけど、
昔は、すげー人だったらしい。
とーちゃん、
かーちゃんって言う圭だけど、
二人共、とてつもなく品がよくて、お父様、お母様と呼んだ方が良さそうな感じ。
「うん、いいよ。
お父さんはもうおれが教えなくても、
テクニックあるけど、
お母さん、弦交換してる時にケガしたら大変だから。」
「あと、とーちゃん、欲しいガンプラがあって、
相談したいことあるみたい。」
「それ!
定価より高いの買おうとしてるんでしょ?
だいたいわかる。
その気持ちもわかる。
おれだって、
買っちゃおうかな…って夢にも出てくるけど、
転売屋みたいな外道を儲けさせることは絶対に許さない。
お父さん、説教だね。
正座して説教だね。」
お父さんは、おれをガンプラの師匠だと思ってて、
年の差…
親と同じ年なのに、
ちゃんと言葉を聞いてくれる人なんだ。
「ふふ。
じゃ、
放課後、時が来ることラインしとくね。」
「あ!
泊まらないからね。
それと、
すんげー料理とかいらないからね。
レトルトカレーか、
味噌汁と漬物だけでいいって言っといて。
普通がいい。」
おれが圭の家に行くと、
帰らないようにする圭の両親。
圭の部屋で一緒に泊まるように言う。
無軌道な高校生の性欲をちゃんとわかって欲しい。
圭の隣で寝たら…
何が起きるのか。
おれもわからないけど。
圭の家に行くと、
バカみたいな高価なご飯を用意してる。
見たことも聞いたこともないような食材と料理。
おれはアジの開きと味噌汁と漬物が好きだ。
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