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5
結局、
夏休みは圭の病院通いと、
圭の家へ行くことで終わった。
バイト…
バイク。
冬休みに先送りだ。
そんなことより、
圭を寂しい気持ちにさせたくない。
事故、痛かっただろうし、心細かっただろうし。
体の傷より心の傷が心配だ。
それと、
これから先、もうこんな一緒にいられる時間なんてないかも知れないから。
圭とずっと会っていたかった。
「わたし、
今年の夏休み、
時と、
ずっと、
いられて、
事故にあって、
よかった、
かも?」
なんて、息切れするみたいに話しながら、
鼻にシワを寄せてうれしそうな顔をする圭はとてもかわいい。
「だからと言って、もう絶対に事故にはあわないように。
圭のこと心配でハゲてもいいの?」
「時、
そんな心配してくれたの?
うれしいなぁ。
見た目なんてどうでもよくない?
未来にハゲても時は時だから、まったく構わないよ。」
見た目…
おれはいわゆるハーフと呼ばれる…
ハーフって表現、嫌だな…
差別的というか…
…見た目をしてる。
母親が発音できないような国の生まれで、
偶然が偶然を呼んで、
父親と結婚した。
おれには姉がいて、
もう成人してる。
家業?は姉が結婚して、引き継いだから、
おれは自由に婿にも行けるという感じ。
圭のとこに婿へなんて、
絶対に無理だろうけど。
おれはえらばれない。
友達くらいがきっと圭にはいいのだろう。
圭は、見た目のことなんて、全然言わないし、
もしかすると、ハーフとか気がついてない気がする。
でも、
おれの緑色の瞳を覗き込んで、
「時はお母さんに似てるね。
その目の色、きれい。」って言う。
うん。
おれのことはどうでもいい。
圭は、
幸いなことに、
これから未来に事故の後遺症で悩むこととか、
傷が…なんてこともなく、
医者が驚くほどの、
驚異的回復。
奇跡的だ。
とにかくよかった。
傷があろうと、
何があろうと、
圭は圭だから、
ずっと一緒にいようと、
決めてたんだけど。
決めたと言うか、
決めなくても決まってる。
二学期の始まりの日。
朝のHR前の教室。
夏休みが終わってイメージがガラリと変わった女子がいたり、
自信にみなぎる男子がいたり…
これは、夏の魔物に食われたかな。
大人と子供の境界線が曖昧な男女が一緒にいるような、
夏休みの空気感がまだある教室。
圭が病院を退院して2週間。
おれは毎日、圭の家に行ってた。
またおれの椅子を半分に座って、圭。
圭は、
もう、元気が元気すぎて、
前よりちょっとふっくらしてるけど、
さらにかわいくなってしまった。
圭の手がおれの手の上に乗ってる。
多分、無意識にしてるんだろう。
ケガからさらに距離感が詰まったバグり具合。
「課題やってないから、わたし留年するのかな?」
めずらしく甘えた声を出す圭。
可愛すぎて目が大きくなるぞ。
「圭が留年するならおれも留年しようかな。
請願書出して…
『好き…』
………え? 何て?」
「え?って何が?」
子猫みたいな目が笑う。
声がしたんだ。
圭はさっきから、おれの目の前10センチ。
口は閉じてる。
誰の声?
耳で聞いてる声じゃない。
心の中に声がする。
気のせいかな。
おれが圭のこと好きすぎて、
心の中のイマジナリー圭が話し出したのか?
もう。あれだな、
病気なのかな?
圭が大好き病。
多感の頃になる病気。
恋の病。
圭を失う恐怖が、
圭のことを好きだと言う気持ちを加速させてる。
でも、
そんなのさとられないように、
いつものように接してる。
おれの気持ちなんてどうでもいい。
ただ、
今の圭との時間を大事にしたい。
おれが、
圭に好きだなんて伝えたら、
圭はきっと、困った顔をして、
「時、
そういうんじゃないの。」って悲しそうな顔をするだろうという、
確実な未来予測はできてる。
100パターンくらい、
病院で目をさまさない圭を見つめながら、
シュミレーションした。
このまま。
このままでいい。
「ときぃ〜。」
甘ったる匂いをさせながら来たぞ。
彩子が。
巨大な胸を縦に揺らしながら。
3人取り巻きの女子を引き連れて。
彩子は超有名な女優?歌手?モデル?の娘。
まわりの男子は彩子の胸に釘付け。
圭の…
えっと、
胸は小ぶりだけど、
おれは彩子より圭の方が3万光年ぐらい素敵に思うけど。
『女狐、どっか行け』
また聞こえた。
誰だ?
おれの心に話しかけてるのは?
話しかけると違うな。
勝手に心の声を聞いてるみたいな。
圭が彩子に、
「時と話したいなら、わたしが通訳するから。」
「通訳されなきゃいけないほど、おれは滑舌悪いのか?」
手のひらの上の圭の手がぎゅっと握られる。
おれは、
「彩子、(またさらにぎゅっと、ちょっと痛いくらい)何か用?」
簡潔に、つけ入れられないように、短く言った。
彩子は、長い髪の毛はらりと、
腰に手をして、
モデルみたいな感じで…
あー。
彩子から甘ったるい嫌いな匂いがする。
圭の汗の匂いの方がいい匂い。
(変な匂いフェチじゃないからね)
「時は放課後は暇よね?
(そういう上から発言、だから彩子は苦手)
私、ギター買ったのぉ。
よくわからないから、私の家に来て、ちょっと教えてほしいのぉ〜。」
小さいぉは何だろ?
なぜ語尾をのばすのか?
普通に話したらいいのに。
変すぎてちょっと笑う。
かわいいアピール?
全くかわいくない。
圭のざっくりした話し方の方がかわいいぞ。
「彩子ちゃんのお母さん、
ギター弾きながら歌ってるよね?
お母さんに教えてもらえば?
そ、れ、と!
時の放課後は未来まで私の予約でいっぱいだから無理よ。」
能面みたいな顔で圭が言う。
そんな顔もできるのか。
今度、おれにもやってもらおう。
「圭ちゃんは、彼女でもないのに彼女マウントとるのね。」
空気がピキッと音をたてる険悪な雰囲気です。
『女狐退散の呪文 ケセランパサラン』
また声聞こえたぞ。
え?
何それ。
ケセランパサランって。
面白くて笑う。
笑ってるおれをみて二人、空気がなごむ。
「彩子、
お母さんに、
たまには、
おれの母さんに会いに来てって。
時が言ってたよって。
そう言えばわかるから。」
圭がさらに強くおれの手を握る。
もう、
おれを手のひらのを返して、
優しく握った。
さらに強く痛く握りかえされたけど。
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