0人が本棚に入れています
本棚に追加
信じるわけが無い。
非科学的、非現実的なものなど。
そう、思っていたのに。
起きて、と揺さぶられる。
今日は仕事は休みのはずだ。
まだ寝かせてくれよ。
……………ん?
俺は一人暮らしだ。
つまり、起こすものなどいない。
目覚まし時計以外は。
だが、目覚ましが起きてなんて言わない。
ただ、ジリリリという機械音がなるだけだ。
つまり。
「不法侵入は犯罪だぞ。今なら、まだ見逃してやる」
まだ完全に覚醒していない頭でそれだけ言った。
相手が武器を持っていたら、だとか。
凶悪な人間だったら、とか。
そんなことは丸っきり頭になかった。
「…………」
だが、相手は出て行こうとしない。
それどころか、
「嫌です」
キッパリ言い切った。
「…………ったく」
居直り強盗か?
しかし、こんな穏やかな強盗がいるのだろうか。
今なら許してやると言っているのに。
仕方なく、起き上がった俺の視界。
二つの膨らみ。
ぼんやりとした頭で、その一つを鷲掴みにした。
柔らかい。
「きゃあ!な、な、何するの!?」
慌ててその二つの膨らみを庇うように腕で隠す。
ん?
え。
おん、な?
………って、ことは。
「す、すまない!」
自分の鷲掴みにしたものの正体に気づき、慌てて謝る。
いくら寝ぼけていたとはいえ、女性の体に不躾に触るなど。
いや、だが、そもそも何で女がいるんだ。
自分で言うのも悲しいが、俺はモテるタチではない。
彼女がいなかったわけではないが、毎度つまらないと振られてしまう。
昨日は酒を飲んでいない。
家で夕飯を食べ、疲れてそのまま寝てしまった。
つまり、一夜の間違いでもない。
じゃあ、なんだこの女は。
というか、俺の体に乗ってるのは何故だ。
「なんだこの状況」
呟けば、目の前の女はニッコリ笑った。
その笑顔に、既視感を覚える。
いや、気のせいだ。
「こんにちは……かな?私はカラ。天使です」
てんし……….?
あ、夢か。寝よう。
布団を掛け直した俺に、ちょっと待って…と目の前の変人は囁いてきた。
いーや、これは夢だ。
「………タク」
呼ばれたこえに、ハッとする。
「カラシナ?」
遠くに置いてきたはずの記憶が呼び起こされる。
俺と笑い合う、優しい女性。
カラシナ。
珍しい苗字、柔らかく笑う顔、穏やかなこえ。
俺のせいで、…………
…………彼女は。
あなたのせいじゃない、あなたも被害者なのだから。
そう、周りから言われた。
初めて会った、こんな形で会いたくなかった彼女の両親にも。
だけど、俺は……………俺自身を許せなかった。
「本当に、カラシナ?」
「ふふ、そーだよ」
屈託なく笑う顔、彼がこころから愛した女性だった。
ああ、思い出した。
彼女がいなくなって、自分は堕落したこと。
そのくせ、彼女を思い出せなくなっていたこと。
あんなに大好きで大切なひとだったのに。
「カラシナ、俺………」
ずっと好きだ、なんて。
言う資格はないのだろう。
忘れたくなかった、なんて。
とってつけたような言葉、彼女は聞きたくないだろう。
まして、実際は忘れてしまっていたのだからなおさらに。
だから、何も言えない。
そんな俺に、彼女は笑う。
優しく、穏やかに。
「会いにきたのに、悲しいこと思わないでよ」
ああ、俺は。
俺はやっぱり彼女が大好きだ。
彼女じゃないと、いけないんだ。
「ねえ、タク」
ふわりと背中に生えた羽根。
彼女が、消えてしまう。
直感でそう思った。
行かないで、行かないで。
言いたいことばが、喉に引っかかって口から出ていかない。
「ありがとう。私は、幸せだったよ。だいすき」
数年前の光景が、鮮明に蘇る。
彼女は即死だった。
電信柱にぶつかった軽自動車。
その自動車の間から見える彼女の手。
庇えなかった自分。
自分がいなくなれば良かったのに。
何度も思った。
思って、思って。
いつしか、蓋をした。
先に進むために大事と言われたから。
ああ、カラシナ。
これが最後になるのなら。
「俺も、おれも好きだった。いや、今も好きだ」
振り絞ったこえ。
彼女は嬉しそうに笑う。
ありがとう、と。
「タク、あなたは幸せになって。私のせいであなたが幸せにならないのは嫌だから」
「カラシナ……」
彼女の髪に触れる。
あの時の、彼女の髪の質感が手をつつむ。
「ありがとう」
ああ、カラシナ。
きえないで。
その願いは、叶わなかった。
彼女は、フッと消えた。
でも。
あの時に言えなかったことばを言えた。
それだけで、今はいい。
蓋を開けても、もう大丈夫。
俺は、もう腐らない。
カラシナ。
もし、またあえるなら。
今度は………
今度は、一緒に
幸せになろう。
出会えて、良かった。
ありがとう。
最初のコメントを投稿しよう!