愛をくれた、ひとひらの

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信じるわけが無い。 非科学的、非現実的なものなど。 そう、思っていたのに。 起きて、と揺さぶられる。 今日は仕事は休みのはずだ。 まだ寝かせてくれよ。 ……………ん? 俺は一人暮らしだ。 つまり、起こすものなどいない。 目覚まし時計以外は。 だが、目覚ましが起きてなんて言わない。 ただ、ジリリリという機械音がなるだけだ。 つまり。 「不法侵入は犯罪だぞ。今なら、まだ見逃してやる」 まだ完全に覚醒していない頭でそれだけ言った。 相手が武器を持っていたら、だとか。 凶悪な人間だったら、とか。 そんなことは丸っきり頭になかった。 「…………」 だが、相手は出て行こうとしない。 それどころか、 「嫌です」 キッパリ言い切った。 「…………ったく」 居直り強盗か? しかし、こんな穏やかな強盗がいるのだろうか。 今なら許してやると言っているのに。 仕方なく、起き上がった俺の視界。 二つの膨らみ。 ぼんやりとした頭で、その一つを鷲掴みにした。 柔らかい。 「きゃあ!な、な、何するの!?」 慌ててその二つの膨らみを庇うように腕で隠す。 ん? え。 おん、な? ………って、ことは。 「す、すまない!」 自分の鷲掴みにしたものの正体に気づき、慌てて謝る。 いくら寝ぼけていたとはいえ、女性の体に不躾に触るなど。 いや、だが、そもそも何で女がいるんだ。 自分で言うのも悲しいが、俺はモテるタチではない。 彼女がいなかったわけではないが、毎度つまらないと振られてしまう。 昨日は酒を飲んでいない。 家で夕飯を食べ、疲れてそのまま寝てしまった。 つまり、一夜の間違いでもない。 じゃあ、なんだこの女は。 というか、俺の体に乗ってるのは何故だ。 「なんだこの状況」 呟けば、目の前の女はニッコリ笑った。 その笑顔に、既視感を覚える。 いや、気のせいだ。 「こんにちは……かな?私はカラ。天使です」 てんし……….? あ、夢か。寝よう。 布団を掛け直した俺に、ちょっと待って…と目の前の変人は囁いてきた。 いーや、これは夢だ。 「………タク」 呼ばれたこえに、ハッとする。 「カラシナ?」 遠くに置いてきたはずの記憶が呼び起こされる。 俺と笑い合う、優しい女性。 カラシナ。 珍しい苗字、柔らかく笑う顔、穏やかなこえ。 俺のせいで、………… …………彼女は。 あなたのせいじゃない、あなたも被害者なのだから。 そう、周りから言われた。 初めて会った、こんな形で会いたくなかった彼女の両親にも。 だけど、俺は……………俺自身を許せなかった。 「本当に、カラシナ?」 「ふふ、そーだよ」 屈託なく笑う顔、彼がこころから愛した女性だった。 ああ、思い出した。 彼女がいなくなって、自分は堕落したこと。 そのくせ、彼女を思い出せなくなっていたこと。 あんなに大好きで大切なひとだったのに。 「カラシナ、俺………」 ずっと好きだ、なんて。 言う資格はないのだろう。 忘れたくなかった、なんて。 とってつけたような言葉、彼女は聞きたくないだろう。 まして、実際は忘れてしまっていたのだからなおさらに。 だから、何も言えない。 そんな俺に、彼女は笑う。 優しく、穏やかに。 「会いにきたのに、悲しいこと思わないでよ」 ああ、俺は。 俺はやっぱり彼女が大好きだ。 彼女じゃないと、いけないんだ。 「ねえ、タク」 ふわりと背中に生えた羽根。 彼女が、消えてしまう。 直感でそう思った。 行かないで、行かないで。 言いたいことばが、喉に引っかかって口から出ていかない。 「ありがとう。私は、幸せだったよ。だいすき」 数年前の光景が、鮮明に蘇る。 彼女は即死だった。 電信柱にぶつかった軽自動車。 その自動車の間から見える彼女の手。 庇えなかった自分。 自分がいなくなれば良かったのに。 何度も思った。 思って、思って。 いつしか、蓋をした。 先に進むために大事と言われたから。 ああ、カラシナ。 これが最後になるのなら。 「俺も、おれも好きだった。いや、今も好きだ」 振り絞ったこえ。 彼女は嬉しそうに笑う。 ありがとう、と。 「タク、あなたは幸せになって。私のせいであなたが幸せにならないのは嫌だから」 「カラシナ……」 彼女の髪に触れる。 あの時の、彼女の髪の質感が手をつつむ。 「ありがとう」 ああ、カラシナ。 きえないで。 その願いは、叶わなかった。 彼女は、フッと消えた。 でも。 あの時に言えなかったことばを言えた。 それだけで、今はいい。 蓋を開けても、もう大丈夫。 俺は、もう腐らない。 カラシナ。 もし、またあえるなら。 今度は……… 今度は、一緒に 幸せになろう。 出会えて、良かった。 ありがとう。
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