ブラックリストのブラックリスト

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ブラックリストのブラックリスト

 まさかライフルのスコープ越しに、ターゲットと目が合うとは思っていなかった。それもたまたま、偶然目が合ってしまった、のではない。明らかにこちらが狙っていると知った上で、わざと視線を向けてきたのだ。  後ろに、気配。狙撃に使用するライフルとはまた別の、護身用に懐に忍ばせていた小型の拳銃を抜き、気配のした方向へ回れ右すると。 「ガ、ガキ?」  気配の正体は、歳の頃が小学生くらいの子ども。しかもその手には、拳銃。こちらに、格好だけは様になっている状態で握られていた。  え、と、こちらが呆気にとられた一瞬の隙に、引き金が引かれた。ぴったり眉間に一撃。途端に血が、ということはなく、代わりになにかの液体が額にかかった。その痛みに耐えられなくなり、持っていた拳銃を取り落とす。反射的に目元を両手で押さえる。 「これは銃そっくりの水鉄砲。中身は果汁百パーセントのレモン汁」  目の前の子どもが、噴射してきた液体の正体を淡々と明かした。  続けて、足音。まだいくらか難を逃れた片目で、子どものことを『アキラ』と呼びつつ現れた、足音の主を注視した。  目の前にすると、とにかくでかかった。身長は恐らく百九十は超えている。  長めの前髪に、先ほどスコープ越しに合った、サングラスの下の鋭い目。全身黒の着衣に包まれ、首元は黒のネック。両手も黒の革手袋でもしているのか、爪の先から手首に至るまで真っ黒。唯一肌が露出しているのは顔くらいだった。  正確な歳はわからないが、数人の同業者の予想では、恐らく十代後半か二十代前半。様々な組織へのスカウトを断ったことで、若くして裏のブラックリストにいち早く加えられ、時には懸賞金さえかけられた。そうして狙ってきた組織の人間をことごとく、殺しはしない代わりに目を打ち足を打ち。そうやってもう二度とこの世界で、堅気としてすら生きにくい有り様にさせ、返り討ちにしてきた男。何故そんな男が、小学生の坊やを連れているのか。疑問には感じたが、今の自分にとって、それは些末なことだった。  今日この瞬間。自分も、これまでやられた同業者と同じ運命を、辿ってしまうらしい。  最近急激に出っ張り始めた腹部。主は狙撃だが、銃器や爆発物、発信器、盗聴器などのメンテナンスを仕事としている時間がほとんどで、私生活は不摂生もいいところだ。プロ相手に腕っぷしが強いとは到底いえない。ただでさえ数々の刺客を相手にし、それでもなお平気で立っていられる様な男なのだ。こうなってしまうともう、腹を決めるしかない。  だがそれから十秒二十秒と時が過ぎても、視力を永遠に奪われることも半身不随にされることもなかった。 「これであんたも、めでたくブラックリスト入りだな」 「そうなるな」  組織に始末を依頼され、ブラックリストのなかでも最重要人物である目の前の男を、殺し損ねてしまったのだから。 「だがその武器や機器に特化した腕をリストにこのまま沈めんのは惜しい。あんたが沈むのは、地下のなかだ。凄腕の狙撃手から、機器、武器商人としてな。拒否するなら、あんたの商売道具を今ここで、全て奪うことになるが」  要は先ほど想像した通り、失明、下半身不随の状態にされるということだ。そうなれば、もはや自分という人間に価値はなくなる。それこそ組織に即、物言わぬ亡骸にされてしまうだろう。  こりゃあブラックリストのなかのブラックリストも、作成するべきかもな。  その記念すべき第一号となる男を見つめながら密かにそんなことを考えつつ、観念して両手を上げた。
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