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 喫茶店。雨が窓を打つ店内。傘立てには二つの傘が差してあった。  色も形状も同じ二本の傘――それが大問題だった。  勉は、二つの傘に目をやる。  ――俺の傘、どっちだ?!  一本は、休日の数少ない楽しみ――行きつけのこの喫茶店にコーヒーを飲みに来た勉のものだ。  もう一本は、店内にもう一人だけいる、勉と同年代くらいの女性客のもだろう。  勉は、とっくに空になったコーヒーカップを前に思案していた。  ――近くで確認すれば、何か違いが分かるかもしれない。だが、傘をまじまじ見ていたら、不審だ、変な奴だ。……そうだ、見た目は同じなんだ、手に取った方を持って帰ってしまえばいい。いや待て、もしその傘があの女性にとって大切な傘なら? ……それはないか、そもそも女性はあんな渋い色の傘を使わないだろう。ダメだダメだ、それは俺の固定観念だ、男女差別だ、いいじゃないか渋い色だって……なら俺はどっちの傘を持って帰ればいいんだ――。  思考が堂々巡りしている中、勉は女性が、こちらをちらちら見ている事に気が付いた。  驚き視線をそらす。  それから、一つの可能性に思い至った。  ――彼女のコーヒーカップも空だった。俺と同じく、自分の傘が分からず喫茶店から出られずにいるのだ。……ならば、俺が先に出なければ。変な奴という汚名は俺が被ろうじゃないか。  勉は意を決し、席を立った。  しかし、その時、「あの、すみません」と背後から声が飛んできた。  振り返ると、もう一本の傘の持ち主であろう女性だった。  急なことでたじろぐ勉へ、女性はおもむろに指を指した。 「Τシャツ……表裏、逆、です……」  勉は一瞬固まるが、咄嗟に身をよじりシャツを確かめる。  彼女の言っている事は本当だった。 「どうしても、気になってしまって……すみませんすみません」  女性はか細い声でそう言うと何度も頭を下げ、そそくさと会計へ行ってしまった。それから、女性はもう一度頭をさげると、淡い色の折り畳み傘を広げ、出ていくのだった。  「あ……」  思わず声が出た。  そんな勉の横を店主らしき男性が通り「ちょっと出てくるね」と他の従業員に残し、傘立ての傘を一本取り、出ていった。  顔の熱さを感じながら立ち尽くす勉に、従業員の声が刺さる。 「お客さん! お会計でよろしいですか?」 「え、あ……は、はい……」  勉はシャツが見えないよう身をよじりながら会計をした。  傘立てから残った傘を取り、店を出た。  勉はもう、雨音のリズムを刻むこの傘が誰のものかなど、なんでもよかった。
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