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その頃、セイラに扮したノキアの方も、王子を西の塔へ行かせるための作戦に入っていた。
「久しぶりに、西の塔へ上ってみたくなりました。あそこからの眺めはすばらしいですから……」
「いいですとも、君の望みなら、それくらいお安い御用ですよ」
王子がノキアの肩に触れようとしたところを、不自然にならないように、ノキアはささっと離れる。
「では、私はその前にお化粧を直してまいりますので、王子は先に行っていてください」
王子と離れた後、ノキアは化粧室でドレスを脱ぎ、変装用のカツラと眼鏡を着用した。これで、どこから誰が見ても、最初に王女と共に来た護衛の一人である。
ノキアは、二人と合流するために、東の金庫室へ急いだ。
*
金庫室から警備兵が去った後、中は老人の管理官一人であった。この管理官も、セイラを子供の頃から知っている人物である。
「おや、セイラ殿。お久しぶりですなぁ。またいたずらに来ましたかな?」
管理官は、優しげに笑う。
「もう、昔のことはいいでしょう? 今日はね……」
セイラは、どこからかスプレーを取り出し、管理官に吹きかけた。
「セ、セイラ殿、それは……」
「ごめんねぇ、睡眠スプレーなのよ」
管理官は床に倒れ、いびきをかいて寝てしまった。
「早く金庫を!」
デュランに言われ、セイラは金庫を探した。たくさんあって、どれがどれだかわからないが、資料類は一番左の金庫だと管理帳に記されていた。
「デュラン、セイラ、あったか!?」
ノキアがやっと金庫室に辿り着く。
「今、探しているところです」
「リザンブルグの紋章……。あった、これだわ!」
セイラは、巻物状になっている重要書類を筒にしまい、懐に入れた。
「では、早く脱出を」
デュランが二人を促すが、セイラは金庫の中のもうひとつの物に気がついた。
水晶のような宝石が金庫の中で輝いている。セイラは、思わずそれに見惚れ手を伸ばす。
「なにかしら、これ……。とっても綺麗……」
「セイラ、なにをやっている。早くしないと……」
ノキアの言葉を余所にセイラが水晶を手に取ると、警報が鳴り響いた。どうやら、防犯用の魔導具だったようだ。
「えっ!?」
あわてて水晶を元に戻すが、警報は鳴り止まない。それどころか、金庫室の扉が閉まろうとしている。
「まずい! 二人とも走れ!」
デュランの掛け声で、一斉に走り出した。扉は間一髪ですり抜けたが、警報で警備兵がこちらに向かっている姿が見えた。
「まずい……。ノキア殿、警備兵は私が引き付けておく。セイラ殿を頼む」
「わかった。セイラ、道を教えてくれ」
「わ、わかったわ、こっちよ!」
ノキアとセイラは、走り出した。
*
「デュラン、大丈夫かしら?」
走りながら、セイラがノキアに問いかける。
「デュランなら大丈夫だ。私の最期を看取るまでは、絶対に死なない」
「……えっ?」
どういう意味だろうと、セイラは目を見開く。
「それよりも、人の心配をしている暇はなさそうだぞ」
二人の目の前には、王子と警備兵数人が立っていた。
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