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3・隣国の王子
「まあ、セイラ様よ」
「本日も愛らしいですな」
「お隣の女性は、お付きの人かしら?」
会場を歩いて、用意されている王女専用の席へ向かう途中、四方八方からセイラを褒め称える声が聞こえてきた。町で出会ったお転婆な印象とはまったく異なり、まるで別人のようだ。
ようやく席に辿り着いて座るが、緊張ですでに汗をかいていた。
「ねえ、ノキア。そういえば、聞くの忘れていたんだけれど、あなたってダンス踊れる?」
こっそりと、斜め後ろに待機していたセイラが耳打ちしてきた。
「え、まあ、基本的なステップは……」
「よかった! この後ダンスがあるから、そこで失敗すると怪しまれちゃうからさぁ!」
「……そういう大事なことは、もっと早く言うように、な……」
ノキアは、観念したようにため息をついた。
やがて音楽がワルツに変わり、ダンスの時間になった。周りの者はパートナーを見つけ、次々と踊っていく。
「セイラ殿、踊っていただけますか?」
セイラに扮したノキアの前に現れたのは、白いスーツ姿の優男だった。一見、爽やかで整った顔立ちに思わず目がいくが、どこか軽さを感じる笑顔が引っかかる。
「きゃあ、アルバート様よ」
「今日も見目麗しいわ」
「アルバート様とセイラ様のダンスが見られるなんて、夢見たい!」
会場のあちこちから歓声が上がる中、ノキアはわずかに眉をひそめた。
「アイゼンブルグの王子よ。女好きで有名だから注意して。一応婚約者だから、とりあえず踊ってあげて!」
背後から、ひそひそと注意する声と共に肘で軽く突かれる。「一応」を強調された辺りにノキアは苦笑しつつ、王子の手を取り立ち上がる。不安そうに振り返ると、セイラがにっこりと笑って手を振っていた。
その様子を見ていた、デュランが眉を動かした。
「スタン殿、あの男は……?」
「ああ、彼は隣国の王子だす。姫様と婚約を交わしている仲なのだすが、口上だけで、まだ正式に婚約者というわけではないのだすが……。まあ、向こうの一方的な片思いだすけどね。姫様は、彼を嫌っていますし」
それを聞いて、デュランはしばらく様子を見ようと、再び壁にもたれかかった。
「どうしました? いつもの元気がないようですが」
踊りながら、王子が話しかけてくる。
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