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 こんな光景を見ているだけでも足が震えて仕方がないのに、自分で手を下すなんてあり得ない。男は続ける。 『ジジババ共は俺たち若い世代よりも良い汁を吸って生きてきたんだよ! ここで帳尻を合わせないでどうする!』 「良い汁……?」 『そうだ! 今よりも税金が安い時代に生きていた! 給料だって高かった! 未来があった!! それなのに今はどうだ! 俺たちのような世代はもう高齢者に吸い尽くされるしかないんだ! じゃあどうする!? 貰えたはずの正当な権利を、奪うしかないだろ!!』  男はイヤホン越しに怒っていた。  その感情を僕が全く持っていないかと言われると嘘になる。この時代に産まれたことがうっすら不幸な気がしていた。逃げ切った人達の最後の養分になるために生かされているような閉塞感があった。  僕達には未来がないのに、誰も今の大人は僕達のことを案じてはくれない。それは、皆が貧しくて己のことだけを考えているからだ。 《禍福(かふく)(あざな)える縄のごとし――》  本当にそうだろうか。災禍と幸運は代わる代わるに来るだろうか。僕はこのご婦人を見つめる。  目の前のこの人にも災禍があったのだろうか。いや、今、この強盗に入られている状態が災禍か。じゃあ、もう、幸福は充分に堪能した後なのではないだろうか。それならば、僕が災禍をもたらしても誰も怒ったりしないのではないだろうか。 「……。」 「ヒッ」  僕は近くの男から渡されたゴルフクラブを持つ。
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