セカンドライフは一軒家・両親付

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 祖父がもう2週間も部屋に帰って来ない。いま15歳の僕が7歳の時から生きて来られているのは祖父が保護者だったから。  古い古いアパートの一室で1人で祖父を待ち続けていたのは真夏の出来事。初めは管理人さんが気にかけてくれていた。けれど何か申し訳なくて、僕は荷物を持ってアパートを去る決心をした。  管理人さんには祖父が帰って来たら知人といるから心配ないでと伝えてほしいと告げて。知人何て思い浮かばないけれど言っておいた。  僕が父さんと母さんに出会ったのは、蜩が鳴いている8月の末の夕方。  寺の裏手の石段を上り、いつも通り洞穴で休憩しようとしたら見知らぬ男女。しかも布団の中に2人一緒。  ここで蜩の声を聞きながら、洞穴の中から外を見る事が日課だった。初珍客の2人がハッとなって僕を見る。気まずくて洞穴の外側に出る。 「ごめんね驚かせて。大丈夫よ、私たちねそこの寺の関係者。知郷(ちさと)君が寺の三男で私、日香っていうんだけど知郷君の妻ね。今日、花火あるからここから見ようって」  明るい口調だ。今まで僕が出会ってきた人の中でもトップ。服を着た2人は布団の上に座っていた。 「悪かった。いつも来ているのか?」  知郷君が僕を布団の上に座らせた。 「いつも。この洞穴が好きで小学5年生くらいから毎日」 「怖いでしょ洞穴。小学生の時なんか怖かったでしょ。今いくつ」  日香さんに、初めは怖かった事と高校1年生だと話した。 「この辺の子でしょ、ここ穴場よね。眺め最高で自然豊かで」  見知らぬ2人なのに普通に会話している自分に驚きつつ言った。 「緑淵アパートに祖父といました。でも2週間前から帰ってこなくて」  2人は顔を見合わせている。 「管理人さん気にしてくれていて。でも迷惑だと思って出て来ました。幸い夏休みで学校ないし、ここにいようかなって思って」  祖父が出て行ったのは女性関係。たまに家に連れて来ていた。2人が飲んで騒いでいる居間の脇の部屋で僕は孤独感いっぱいだった。どうして僕がいるのに、女性を部屋に連れてくるのか。  こう思い続けていた日々を思い出していたら、日香さんがティッシュを1枚くれた。 「泣いてるから。大丈夫よ。嫌かもしれないけれど私たちと一緒に住まない?ごめん何言ってるんだろ私。でも私は本気」  知郷君も僕の肩に手をかけて言った。 「もし、悩んでいるのなら力になりたい。俺らの子どもみたいに思えて。本当になってほしいし」  涙が溢れ出た。 「ねぇ、もう少ししたら屋台行かない?その後ここで花火見るの最高だよね」  この日は、夕方に屋台で購入した物を洞穴に持ち込み、コンビニで購入した飲料や菓子などでミニパーティー。 「そろそろ花火が始まるぞ」  知郷君が洞穴で携帯ゲームしていた僕と、お菓子を食べていた日香さんを呼んだ。  ド、ドドン   1発目の花火が打ち上がった。アナウンスも風に流れて聞こえてくる。ズシンと身体を撃つような音が響き続ける。 「おっ、これはマジで柳みたいだ。こういうの特に良いよな」  放物線を描いて夜空を滑りゆく花火。こんなにも花火を見続けたのは初めてだ。毎年この洞穴には来ていたけれど、夜遅くまではいた事ないから。 「何か私たちが出会った事を祝福してくれている花火だなぁ」 「日香ナイス。花火の日に出会えたんだ」  知郷君が僕の肩に手をかけて笑った。  花火が終わった。布団を筒状にして背中に知郷君が紐で括り付けるのを手伝った。 「南也(みなや)、一緒に帰ってくれるか」  頷いた。初日なのに僕は頼りたいと思った大人に出会えたことが嬉しかった。  とりあえず寺に顔を出して帰ると知郷君が申し訳なさそうに言った。 「実家でしょ、顔出さないと」  僕が言うと、だな、と呟いた。  さっき少し出したけれど帰る挨拶しないと小言を言われるらしい。3人で寺の脇の家へ。知郷君が玄関を開けた途端に男の人たちの声がして、その声の中に祖父の声を聞いた僕は走り去った。 「ちー君は家の中に入って。私は南也を追いかける」 「逆だろ!こんなに暗いんだぞ」 「いいから!すぐ戻るから」  知郷君と日香さんの会話を聞きながら街灯の点滅している寺の裏手の石段に腰かけた。  日香さんが息を切らせながら僕の横へ。そっと背中をさすってくれる日香さんに泣きながら言った。 「祖父の声でした。絶対に祖父の声でした」 「そっか。私も南也の立場だったらこうして逃げたなぁ。何で声がするのって思って。知郷君が何とかしてくれる。南也、突然だけど私さ本気でお母さんになりたいと思うの」  そのあと笑って、ごめんと忘れてを繰り返して、嫌だよねぇ、急に今日、しかも半日も経っていないのに。迷惑だよね、と呟くように、夜空の星に話しかけるように言った。 「僕が良いと言ったら、迷惑じゃないと言ったら、お母さんになってくれますか?反抗して衝突しても息子だと思ってもらえますか」 「うん、私は南也が良いと思ってくれたら、私も失敗するかもしれないけど息子になってほしい」  そこへ足音。知郷君が僕らの2つ下の石段に何も言わずに腰かけた。 「南也、じいさんと親父はもう10年以上前からに知り合い。本当に南也のじいさんだったよ。一緒にいた女がいてさ彼女だってさ」  知郷君は日香さんから電話で聞いて祖父かどうか確認してくれたらしい。 「南也がずっと待ってたって話したんだ」  祖父が言うには彼女といたり寺にいさせてもらっていたらしい。僕は2週間も1人だった。高校生だから少しは生活出来るとでも思ったのだろうか。でも保護者は祖父なのだ。放棄しないでほしい。僕は顔を上げた。 「南也を俺たちの息子として迎え入れたいって言ったら、誘拐だって騒ぎだして。さすがに親父が見かねて窘めていたよ」  籍は抜かせないってマジ剣幕すごくて。でも俺が南也の将来を考えてくれって言って、親父も説教してくれて。それで結局、籍についてはまた考えるから、俺たちと一緒にいて良いって言ってくれた。これから酒飲むらしいから、酔っていない時に正式に話をするらしい。親父が間に入るって言ったから、と教えてくれた。 「ごめんなさい、巻き込んでしまって」 「何言ってるのよ南也、私たち巻き込まれなかったら両親になれなかったのよ。まだ仮だけれど。洞穴に来てくれて有難う」 「さぁて家に帰りますか。家は寺の下に見える団地にあるんだ。宜しくな南也」 「こちらこそ宜しくお願い致します」  知郷君の運転する車で坂道を下って行く。 「まさか、親父の友人が南也のじいさん」 「ドラマかよって感じ。私、南也から聞いて慌てたの。何の偶然なのよって」  おかげで知郷君が祖父と話せたから良かった。僕はうとうとしていた。 「南也、着いたぞ」  いつかは住みたいと思っていた一軒家。それが目の前に。しかも仮の両親もいる。 「夢みたい」  僕が言うと、笑いながら日香さんが玄関のドアを開けて電気をつけた。 「いまから南也の家はこの家ね」  そう言って中へ手招きしてくれた。 「南也、ようこそ我が家、我が家族へ」  知郷君が居間らしき部屋から飛び出して来た犬に言った。 「良かったなぁ、お兄ちゃんで来たぞ」  お兄ちゃんって言われて照れくさくて、でも嬉しい。いつか3人で旅行に行けたらな、と思った。            (了)  
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