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01. 20XX年度奨励会入会試験
言葉が出てこなかった。
「………………ま……」
負けました、と言わなければ終わらないのに。
「…………けま……し」
「ありがとうございました」
私の絞り出すような声に重ねて、対面に座っている御里杏はそう言って一礼した。
杏は顔を上げると眼鏡の奥の目を少し細めた。
「……あの時から全然進歩ないな。ちょっとかわいいってだけで、未来の天才美少女棋士っておだてられて、調子乗ったか? ここはそんなに甘くないで」
杏は早口に小声で言いたいだけ言い残すと、盤上の駒を片付け始めた。
何か言い返してやりたい。
でも悔しすぎて涙が止まらない……。
「ちょっとがっかりやわ」
私はそのまま試験会場に居続けることに耐えられず逃げ出した。
*
私と杏との因縁の始まりは、一年半前のアマチュア関西名人戦・準決勝での対局だ。
その時は私が勝った。序盤、中盤はスキなく優勢を築いていた杏が終盤で大ポカをやらかしたからだ。
逆転勝利で決勝に進んだ私は、決勝戦の相手に実力通り負かされて、結果、準優勝となった。
観客たちが見ているのにも構わず、杏は号泣していた。でも、それから一年後には奨励会に入会していたから、その後、猛勉強したんだろう。
私の方は、中学受験をしたこともあって、入会試験が一年遅れた。その間、アマチュアの大会には出ていなかったし、道場に通う頻度も以前に比べれば減っていたのは事実だ。それでも……。いや、言い訳はしたくない。
でも、久々に対局して一回勝ったからってあんな言い草はないだろう。
だいたい、勝ち方もいやらしすぎる。私は百三十手まで指して投了したけど、百手を超えてからはほとんど意味のない応酬だった。
ハラワタがちぎれるほどくやしい……。
そこへ、杏が追いかけてきた。
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