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10. あの子は
対局コーナーに意識を向けると、盤面のイメージが頭の中に浮かんできた。電脳のお陰で、あの少年が指している現局面が分かるらしい。
駒が入り乱れていて、もう終盤戦であるようだった。形勢判断をしてみると……、よく分からない。先手も後手もお互いすぐに王手がかかるようなかたちで危ない。少年の方が今は攻めに回っているようだった。アマチュアの将棋は攻めている方が勝ちやすいと言われるけど、強い相手ほど受けが強い。プロ相手ならなおさらのこと。例え優勢だったとしても、アマが勝ち切るのは難しい。
それにしても、少年は見た目の年齢のわりにはしっかりとした将棋を指しているようだ。
あまり近くでじろじろ見ているのも悪いと思ったけど、いつもは無視している個人情報が目に入ってきた。
御里要
「みさと……!?」
思わず声を出してしまった。
少年はゆっくりとこちらを振り向いた。不機嫌そうな顔をしている。
「あ……、ごめんなさい……」
謝る私を無視して少年は対局を中断してその場を去ろうとした。
「ちょっと待ってもらえませんか?」土々呂城さんが呼び止める。「うちは土々呂城在寿という者なんですけど」
「あなたのことは知ってますよ」
「あら、ごめんなさいね。どこかでお会いしました?」
「関西地方に住んでいて、土々呂城家を知らない人なんていないでしょう」
声はまだ子どもっぽさがあるけど、少年は大人びた話し方をする。不機嫌そうだ。私のせいか……。
「じつはうちら、御里杏さんの関係者を探してたんですわ」
「……何の用ですか?」
「それは萠黄さんの方から……」
「あ、はい……」
土々呂城さんからパスをもらったけど、まさかここでこんな子と出会うなんて思っていなかったし、そもそもこの旅も明確な目的があった訳じゃないし……。
「……萠黄? って、萠黄飛鳥の親戚の人ですか?」と少年。
「ええっと……、話せば長くなるけど、本人です」
*
「萠黄飛鳥はうちではちょっとした有名人ですよ。僕が直接知っている訳じゃないですけど、曾祖母が生きていた頃は、折にふれてその名前を出していたそうですから……。でも、事情はある程度わかりましたけど、率直に申し上げて、今更何をしに来たんですか?」
「…………現代に縁のある人をなかなか思いつかなくて」
「うちに来られても協力できるようなことはないですよ」
「あなた、その態度は何なんですか?」
鈴夢が割り込んできた。
彼女は普段は無口で抑制が効いているんだけど、けっこう感情に動かされるタイプでもあるみたいだ。私のことを思って奈良行をすすめてくれたのも彼女だし。
一方で、確かに、御里要の態度はつれないけど、いきなり私に訪ねてこられても困ってしまう気持ちは理解できなくもない。
「鈴夢、良いから……」
私は鈴夢を制する。
「もう用がないのであれば、帰って良いですか?」
「うん……。対局の邪魔して悪かったね。良いところだったのに」
「……何が良いんですか?」
「え……?」
「こっちの攻めが切れてるから負けですよ」
ああ、この子はかなり強いんだなと直感する。
「君、どれぐらい強いの?」
「……あなたは曾祖母に勝ったんでしたね」
「いや、それは大昔の話だし、あの子もまだアマチュア時代だし」
それに、私の実力というよりは杏がミスして勝手に転んだというのが正直なところだ。
「萠黄さんは今も将棋をやってるんですか?」
「……止めてはいない」
「あなたと勝負してみたい」
「え……、何のために?」
「将棋を指せる人間が二人相対して、勝負しない理由はないでしょう」
他のことならそんなにこだわらないけど。
将棋のことでこんなふうに言われたら、私も熱くならざるを得ない。
「実物の駒を使った方が良いですか?」
「あるの?」
要は不敵に微笑んだ。
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