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「待ちぃや!」
私は泣き顔を見られたくなくて、ハンカチで顔を隠した。
「逃げる気?」
「……帰るんだけど」
「先生に挨拶もせんと」
「…………あ、あとで電話して謝るもん」
それはやるとしても、なんで追いかけて来たんだこいつは? 一年半前のあの負けをそんなに恨んでいるのか?
「……さっきはちょっと言い過ぎたから……。ごめん」
杏はそう言って頭を少し下げた。
「あ、あんなことであんたに将棋やめられたら、夢見が悪いからな……」
「……あ、そう……なんだ」
私は力が抜けた。
「あたし、あの準決勝の負けがめっちゃ悔しくてな……。今でも夢に見るねんて。だから、ついやり過ぎてしまったんや」
杏の言うことも分からないでもない。
多分、記憶力が良いから、いつまでも鮮明に思い出しちゃうんだろうけど、さすがに私を恨むのは筋違いじゃないか?
「それだけ言いに来た。だから、気ぃつけて帰りや」
なんか一方的に謝られて、向こうはもうすっきりしている感じだし、私はさっきまでの怒りのやり場に困ってしまう。
でも、泣かされたままでは終われない……。
「……来年リベンジする」
「え……? ……へえ、ええやんそれ。でも、私は先に行ってるで」
「すぐ追いつくし……!」
私は睨みつけているのに、なんでこいつは嬉しそうな顔してるんだ?
「約束やで」
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