迷える仔羊

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チョーク片手に文法の説明をする青山から視線を逸らし、腕の包帯を弄る。 昨日は散々な目にあった。逆上した男に灰皿を投げつけられたのだ。たった一度身体を重ねただけで私が好意を寄せていると思ったらしい。それが蓋を開けてみたら名前すら忘れていたもんだからプライドが傷ついたのだろう。これだから思慮の浅いバカは困る。 「望月(もちづき)さん」 声のする方を見たら、いつのまにか真横にいた青山が私を見下ろしていた。 「ワーク」 青山はいつも生徒に対して他人行儀な敬語を使う。だから、単語で指示する時は大抵イライラしていると分かる。辺りを見ると、みんな机に向かってシャーペンを動かしていた。 「36ページ」 言われた通りに開くけれど、なんせ話を聞いていなかったのでさっぱり分からない。たぶん話を聞いていても分からない。英語は大の苦手だ。担当が青山になってからさらに嫌いになった。 「大丈夫ですか」 「はい?」 「ぼうっとしてるから気分でも悪いのかと」 「別に」 目を合わせず無愛想に答える。単純に話をしたくないのもあったけれど、腕の包帯をちらちらと見ていたのでツッコまれたら厄介だと思ったのだ。 やがて、視界の端から人影が消える。無意識に睨んでいたらしい。目が合ったので、ふいと逸らした。
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