迷える仔羊

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———カイメツテキダケド いくら気に入らないとは言え、教師が生徒に発する言葉か?信じられない。なんとしてもこの過去問を全部埋めて、ぐうの音も出ないようにしてやる。 そう意気込んで1時間。ずっと机に囓りついているのにさっぱり分からない。長文が相変わらずちんぷんかんぷんだった。ずらりと並んだ英文は蟻の大群に見えそうだ。 「ムカつく」 諦めてシャーペンを机に放り投げた。窓を開けるとぬるく湿った夜風が雨上がりのアスファルトの匂いを連れてくる。 空を仰ぐと今にもこちらに迫ってきそうな大きくて丸い月が見えた。暗闇が広がる世界で何にも負けない圧倒的な存在感を放ちながら主張を憚るように冷たく淋しげに沈黙を貫いている。 以前住んでいた所に比べると、ここはとても静かだ。空が広くて、星もまばらだけど見える。だけど、私は変わらずひとりのまま。無意識に溜息がこぼれた。大嫌いな英語と青山のダブルパンチを食らって心まで疲れているらしい。 散歩がてらコンビニに甘いものでも買いに行くことにした。外は日が暮れても半袖短パンで十分の気温だった。 がちゃがちゃと騒々しい店内を財布片手に歩く。スイーツコーナーの前で吟味して、無難にシュークリームかなと決断したその時、背後から肩を叩かれた。 驚いて振り向くと同じクラスの早川(はやかわ)(あさひ)だった。 「…なんだ、旭か」 「何その反応」 「不審者かと思った」 「バカ」 軽く頭を叩かれる。私にこんな風に気さくに接するのは旭だけだ。
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