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もし、子供ができたなら……。
「男の子なら『大和』で、女の子なら『琴音』がいいわ」
新婚の時、夫とそんな話を楽しそうにしてたっけ。
当時はまだ、当たり前のように子供ができると思っていた。
結婚してから五年。
私も夫も三十五歳になった。
私はここ数年、不妊治療を受けている。
長い間クリニックに通い、排卵障害を乗り越えて一人の子供を授かろうと……毎日それだけを考えて暮らしてきた。
夫も最初の方は「一緒に頑張ろう。きっと大丈夫だ」なんて言ってくれていたけど、最近はとても辛そうにしている。
前向きな言葉も聞こえなくなってきたし、私の治療過程の話も聞き流している様子が目立つようになった。
まさか、自分に子供ができないなんて……。
諦めきれないけど、体力的にも精神的にも、もう限界だ。
夫婦二人、根気強さがなくなり……私も治療こそ続けているけど、どうせもう無理だろうと心のどこかでは思っている……そんな気でいた。
……産婦人科からの帰り道は、いつも気が重い。
病院から家までのアーケード街には、子供と手を繋ぎながら歩いている、私と同年代くらいのお母さんがたくさん。
すれ違う度に、胸が痛む。
私も……あんな風に子育てを楽しみたかった……。
これから先の未来に、希望なんて何一つもないだろうな……。
「あれ? これ……何?」
帰宅してからすぐに、カバンから処方された薬袋を取り出す。
その袋の中に、ポケットティッシュが入っていた。
ティッシュの中には……小さなチラシが。
「……成長ゲーム?」
販促用のチラシには、『成長ゲーム』という育成シミュレーションアプリについての内容が書かれていた。
育成シミュレーションアプリって……一体何なのか。
キャッチコピーとして『いざ、子供ができた時のために……』や、『リアルな子育てを体験しよう』といった文言の記載がある。
「なるほど……アプリで子育てが体験できるのね」
実際に子供ができた時の準備として、今はこういうアプリがあるのか……。
私は無意識に、スマホのQRコード読み取り画面を開いていた。
チラシのQRコードを読み取り、そのままダウンロードする。
最初のチュートリアルをザッと流し進め、まずは性別を選ぶ画面になった。
「うーん……男の子にしてみようかな」
次に名前を決める。
ノータイムで『大和』と決めた。前々から、男の子が生まれたら大和がいいと決めていたからだ。
いよいよ子育てスタート。
画面が切り替わると、ベビーベッドの上に赤ちゃんが寝ていた。
指を咥えながら、スヤスヤと眠っている。
「え、嘘……結構リアルね……」
画面上の赤ちゃんは、まさに生身の人間だった。
イラストがデジタル化されたわけでもなく、ただ本物の赤ちゃんが画面に映し出されている。
今のゲームはここまで進んでいるんだと、少しゾッとした。
とりあえず、赤ちゃんの顔をタップしてみる。
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