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「ああ、笑った!」
大和は寝ながらも微笑みを見せてくれた。
顔の辺りをタップすると、ほっぺをツンツンする仕組みみたいだ。
嬉しくなって、いっぱいしてしまう。
さすがに大和も鬱陶しくなったのか、今度は不機嫌な表情になって目を開けた。
「ああ、ごめんごめん!」
大和の瞳はとにかく綺麗だった。潤いを持った純粋無垢なその瞳に、吸い込まれそうになった。
アプリを登録してから開始五分で、もうすでに大和への愛情が生まれている。まるで本当の息子ができたようだ。
「あれ? なになに、どうしたの!?」
今度は泣きそうな表情に変わった。
今にもギャーッと叫んでしまいそうだ。
慌てふためいていると、選択画面が現れた。
『ミルクをあげる』
『おむつを替える』
『抱っこする』
『タオルをかけてあげる』
この中の選択が大和の人生を左右する。そんな気がした。
よく見たら空腹メーターみたいなものが左上に出ている。
私は迷わず『ミルクをあげる』を選んだ。
「あぁー、良かったぁ。やっぱりお腹が空いてたんだ」
大和は泣き止み、哺乳瓶に入ったミルクをひたすら吸っている。
なるほど……こうやってアプリの中で、リアルに赤ちゃんを育てていくゲームなのか。
たとえアプリの中だとしても、子育ての経験ができるなら、これほど私に合っているアプリゲームはない。
夜ご飯を作るのも忘れて、大和に構い続けた。
「どうしたんだ? スマホにかじりついちゃって」
夫の声で、我に返る。
もうこんな時間か。
「あ、ああ……おかえり。ごめん、ご飯作るの忘れてた」
「え? どうしたって言うんだ?」
「これ、見てよ!」
夫に大和の姿を見せる。
ネクタイを緩めながら、目を細めて見る夫。
リアルな赤ちゃんの姿に、引き攣った表情を見せる。
「何だよ、この赤ん坊は……」
「成長ゲームっていうね、育成シミュレーションアプリなの」
「アプリなのか? 俺には生の赤ちゃんにしか見えないが……」
「リアルに育てているみたいで楽しいの。時代はここまで進化したのね」
にこやかな表情の私を見る夫の顔は、どこか怪訝そうだった。
ワイシャツのボタンを外しながら、冷たい声で言う。
「別にアプリをやるのは勝手だけど、ご飯くらいは用意してくれ。疲れてるんだよ」
「……ご、ごめんなさい」
確かに、夫の言う通りだ。少し没頭し過ぎてしまった。
すぐに宅配アプリで弁当を注文する。
……でも、夫にはわかってほしかった。
子供が欲しくても得られない、このやるせない気持ちを。
毎日不安で……どれだけ想っても、未だに授からないもどかしさと焦り。
私だって辛いんだ。
実際は子育てができないんだから……せめてアプリの世界くらいには没入させてほしい。
夫婦二人、気まずい空気の中……無言で弁当を食べ始める。
「なあ……さっきのアプリのことなんだけど……」
弁当を食べ終わってから、夫が重い口調で話し出した。
また怒られるのか……。
「どんなアプリなんだ? 良かったら、俺にも見せてほしい」
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