成長ゲーム

3/6
前へ
/6ページ
次へ
 まさかの発言に、目が見開く。  夫が……アプリに興味を持った?  私は言われるがまま、アプリの画面を開いて夫に見せた。 「あれ、なんか泣いてるぞ?」 「え、嘘? あ、本当だ。お腹が空いてるみたい」  ミルクをあげるボタンをタップし、大和の泣き顔は笑顔に変わった。  この数時間で、大和の考えていることは大体理解できた気がする。  夫は大和が泣き止む様を見て、感心するように声を漏らした。 「へぇー……確かに、本当に子育てしている気になれるな」 「そうなの。でも……ごめんなさい。実生活をおざなりにしてしまって……」 「いや、さっきはすまなかった。君の気持ちを考えてあげられてなかった。良かったら、俺も一緒にこのゲームをやっていいかい?」  夫も一緒に、大和を育ててくれる?  私は涙目になりながら「もちろん」と答えた。  久しぶりに、夫の柔らかな表情を見た気がする……。 「おい、次は何だか眠そうにしてるぞ?」  夫の声で、私もスマホ画面に視線を移した。  眠そうにしている時は、マイクに向かって子守唄を歌う。  そうすると大和のうとうとした目は完全に閉じ、スースーという寝息を立てるのだ。 「すごいなぁ。子守唄も届くのか」 「そうなの。本当に育てている気になるでしょ」 「ああ、良いアプリを見つけたな」 「あなたもダウンロードしてみたら?」  柔らかかった夫の表情が、急に真顔になった。  立ち上がってトイレに向かうその前に、「一緒に育てないと意味ないだろ」と言い残す。  その言葉がすごく嬉しくて……思わずニヤけてしまった。  ああ……成長ゲームを見つけて、本当に良かった。  停滞していた夫婦の関係性も、より深めることができそうだ。  その日を境に、夫は成長ゲームのことばかり話すようになった。 「なあ、また大和がグズってるぞ。どうしたらいいんだ?」 「ちょっと待って、今炒め物してる途中だから手が離せないの」 「あ、コマンドが出てきた! お風呂に入れるが正解か?」 「あなたが考えてやっていいわよ」  一生懸命にフライパンを振っている中、夫はそんなの関係なしに声を飛ばしてくる。  人任せにした私にブツブツ言いながらも、コマンドを選択しているみたいだった。 「あれ? やっぱりお風呂入りたくないみたいだぞー」 「え、どうしてー?」 「なんか、嫌そうな顔してるんだ。あ、またコマンドが出てきた」 「なんてー?」 「ミルクをあげる、子守唄を歌う、オムツを替える、お風呂に入れる」 「お風呂のコマンドがあるなら、そうすれば?」  夫は私の言った通り、もう一度お風呂に入れるを選択したみたいだ。  苦笑いしながら「まあ、綺麗にしてあげたいもんな」と呟いている。  キッチンからはアプリの画面は見られない。  どうなったか聞いてみる。 「どうー? お風呂入ってるー?」 「ああ、なんか嫌そうな顔してるけど、入ってくれてるよ」 「お風呂嫌いなのね、大和は」  些細なことでも笑い合える。  大和が、冷えつつあった夫婦の絆を、もう一度結んでくれた……。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加