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 時は満ちた。  僕は高鳴る胸を押さえつけながら自室を見回す。  カーテンは閉めた。スマホの電源も切っている。ガスの元栓も閉めたし、壊れやすそうな花瓶や電子機器は引き出しの中だ。  そして部屋の中央、フローリングの床には大きな魔法陣が描かれていた。  流線型の文字や図形が連なり、重なり、巨大な円形を成している。  落ち着きを取り戻すべく僕は文字ひとつ踏まないように慎重に魔法陣の周りをぐるりと回った。どこからどう読んでも意味はわからない。  けれど僕の興奮は冷めなかった。ついにこのときがやってきたのだ。  ──この部屋に、天使を召喚する瞬間が。  僕は魔法陣の外周を均等に分割する六ヶ所に水を満たしたコップを置いた。次にひとつ内側の円周上にある四本の蝋燭に火を灯す。  最後に、陣の中心に白い羽根を置く。  僕の指先から離れた羽根が床に書かれた陣に触れた瞬間、中央にぼうっと緑がかった光が生まれた。そのまま外側へと繋がる文字や図形に沁み込むように広がっていく。  やがて召喚陣全体に光が行き渡ると、部屋の中にもかかわらず優しい風が吹き抜けた。風に乗るように中央に置かれた羽根が光を纏ったままふわりと浮き上がる。  羽根は僕の目線の高さまで浮かぶと、一際強い光を放った。 「うわっ」  思わず両目を閉じて、手で光を遮る。  眩んだ視界が徐々に回復してくると陣の中央に影が見えてきた。椅子に座っているようだ。両手になにかを持っている。  まさかこれが、天使? 「……え、佐門(さもん)くん?」  天使が僕の名前を呼んだ。
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